自分が無敵になった気がした。



 ―― 三学年目 ――


[誘拐犯を、退治しよう]


 三年生にも無事全員で進級し、しばらくした頃だった。具体的に言うと春になって緑満載、空気もほっかほかになってきた頃ね。
 誰かが定期的に届けている首都新聞をいつも通り朝食前に斜め読み、もしくは速読しているガジュマロがまたか、って眉毛の間にしわを寄せているのを見た。そこに偶然早起きのあたしとは違って、毎日早起きのサクラがなあにー、って聞いたのが始まりだったんだ。
 首都に誘拐犯が蔓延ってるんだって!びっくり。いやあ、新聞って読まないといけないね。去年の終わりから年の半分が経って、その間に七件!――ところで……誘拐って何?

――モニカに教科書つきつけられて説教されながら説明されました。はあ。

「誘拐犯を、退治しよう!!」
「机に足のせたらだめでしょう!」
「ちょ、まって、足どける、どけるから強制排除はちょっと待って、倒れるからっ、わ、――ぎゃっ」
「っつーか退治って、無理に決まってるじゃんか」
 セルゲイがお母さんゆびをぴっと立てて(そんでもって机にかた足を乗せて)言ったのを、フレードリクが会話に関係ないところを、それこそお母さんみたいに注意して、でもだーれもそれは気にしないで、倒れたセルゲイにハルが冷静に追い打ちをかけているのを横目に見ながら、あたしは係りの仕事のことを考えた。掃除当番今日はどこを掃除しよっかな。パートナーはフランクだから、気軽。だけどローテーションで、いっこまえのペアのフレードリクがだいたいどこもかしこもぴっかぴかの綺麗にしちゃってるから、いつもすることがあんまりない。
「なに言ってんだよ、ハル。首都の危機だ。俺たちが立ち上がる時だろ!」
「むう」
「卒業したら俺たち、そういうことすんのかなって思ってさ」
「確かにっ!」
「そうかもねえ――」
 イツキとサクラがなんか加わってる。
 あっ、そういえばフレードリクとモニカって結婚したらすっごい教育両親になりそうだな。しつけも礼儀とか厳しそう。
 いいなー、結婚かあ。
「というわけで、ハルっ、頼んだ!」
「頼まれたっ!」

 おお、やるのか。

 なにをかというと、レイチェルのOKをもらいに行くってそんだけです。



「では作戦会議らしい感じになるようにがんばればよいのね……」
「いや、会議するんじゃなくて誘拐犯の退治だけどね」
「……?それは、聞いていませんけれど」
「ハルから聞いてない?」
「聞いていないけれど、でも、いいわ」

 ぽそぽそと話していたレイチェルがふっと息を吐く。彼女のスイッチのようなものはそれで切り替わる。怠惰な寮員その一からリーダーへ。
 彼女は場の空気さえ変える。その場を支配する。しんと静まった中で、ソファに座る十四対の瞳を集める。

「で、今度は何をするのですか、サクラ?」

 凛とした声は、だけど事情を把握していなかったのであたしの地の文のかっこつけは塵と化すのだった。ああ……。
 ハルがこれがこうで、ああで、と説明した。説明するのはレイチェルよりハルがうまいとみんな言うのはこう毎回説明役をやるからじゃないかと思う。あ、レイチェルの説明は意味不明です。勉強はできても人に伝えるのは苦手みたい。

「危ないことはだけど面白いことでもある。あなたがたが考えることはいつもそうだわ。その危険度を減らすのが私の役目。誘拐犯さんの詳細をできるだけ調べてください。それが、始まりの仕事です。アレクサンドラ、お願いできますか?」
「了解!誰か私の分のノートもとっておいて!」
「それはわたしが。アレクサンドラ」
「ありがと。よろしくね、ライラ」
「はい」
「今はそれだけ。また昼休みに集まりましょう。ただ、先生には内密に」
「了解!」

 アレクサンドラって情報戦では誰にも負けないんだ。きっと昼までに答えを出すはず。うう、こんな時に勉強なんかできないよ〜。気持ちがはいらない!あー、うー。むがーっ!

「みんな、今日はやたらお昼ご飯食べるの、速くない?」
「そんなことないですよ!」もぐもぐもぐ。

 で、ロビー。
「お疲れ様です、アレクサンドラ。どうでしたか?」
 レイチェルは名前を大切にする。声をかけるとき必ずきちんと名前を呼ぶ。
 それは生徒全員に浸透していっているように思う。
 アレクサンドラは首をこきっと鳴らしながら。
「当然!犯人らしい人物像あがったよ」
 紙をレイチェルへ。
「ありがとう、アレクサンドラ」
「それで、それでっ!?」
「落ち着きなよ、フランク」
「そういうモニカもね」
「ううっ、ライラはそわそわしないのーっ?」
「なあ、レイチェルっ!」
「セルゲイ、なんですか?」

「オトリソーサってやつ、やりたい!」
「えっ……」

 囮捜査、について授業で習ったばっかりだったんです……。

 レイチェルはすこし考えて、リラをじーっと、じーっと見て、それからまたちょっと考えた。

「できないということはないですけれど、私個人としては薦めません」そう言った。

 多分それは後にはっきりと明らかになる彼女の強い想いが裏にあったからの強い否定で、だけどそんなの、いまこの時のあたしたちは気にもしなかった。
「やろうよ!」

 あたしは、あたしたちは、レイチェルになんてことを考えさせ、言わせてしまったんだろうと、ずっと後になって思う。

「そう、ですね。……統計的にいって、です。統計的に矢面に立っていただくのはリラが適任です。今までの七件で誘拐されているのは全て児童です。私たちの中で、リラが最もふさわしい。ただ、一人でというのは不安が残るように感じます。……もう一人……セントエルモ、かしら。次点として相応しいと思います」

 あたしの名前きた!?

「セントエルモは背丈も高くはないですし……なにより、その、杖。それが油断を誘えます。それに相性も良いと思います。セントエルモは攻撃が、リラは補助魔法が得意ですから。バディとしては相応しいです」

 ああ、なるほどー。

「場所は首都中央の西の外れにある小さい公園、特に砂場が狙われています。囮ならそこが最善です。時間は意外に朝の犯行が多いようですので、そのように。あとは、待ち伏せる方ですが――」



 で、あたしは休日なのに朝も早くから砂場でリラと遊んでいるフリをしてる。
 リラは、背は低いけど大人びたというか歳相応というか理知的な表情が常だけど、この時は本当に子供みたいに振舞ってた。あたしは、その児童リラを見守っている足のわるい少女という設定。服はサクラに借りたものを着ている。それと、あたしの髪の色は目立つのでレイチェルのフードを借りてかぶった。手首には、目に見えないくらい細い紐。レイチェルが以前作った迷子紐だ。まあ、真っ暗な洞窟とかではぐれないようにするために作ったとか。で、魔力が働かないようになっている、実は失敗作なのだが、遺跡とかトラップがある可能性のある場所で使えるかもと思ってとっといたらしーです。紐のむこう端にはガジュマロがいるはず。たぶんあたしかリラが視界に入るところにいる。リラの手首にも同じものがある。
 ガジュマロはあたしら二人を見張ってる。その目に見えないだけのただの紐二本にプラス、誘拐犯が来たときに、突撃組のリーダー、レイチェルとテレパシーするための"インビシブルコード"(見えない紐/魔力がかかるようになってるだけでただの紐と正直変わらない)――を持っている。
 なんでただの紐をあたしらが持たされてるかというとまあ理由は簡単。相手が魔法使いだった場合、"インビシブルコード"は直ぐ見つかるから。分子の特徴属性が明らかに周辺と異なってるから魔法使いから見たら、ばればれなわけです。



 砂場をメインに公園で遊ぶ。正直一日これはきついかもと思い始めた頃だったんだ。

 来た。

 人物像は犯人に似た風貌を持つ人のことをちょっぴり考えて書かないこととする。
 三人組、とだけ。
 気づかないふりをしながら、リラにめくばせ。リラも、前もって言うよう言われていた台詞――お母さんが居ないという内容を子供らしく表現したもの――を大きめの声で言う。
 あたしは、もうその三人の方は見ずに、リラの服を払ってやったりなどしてやる。

 急に、頭に衝撃。リラの悲鳴も聞こえる。……棒か何かで殴られたんだと思う。だけどいくら魔法使いとはいえ、体は鍛えている。魔法使いの中では弱くても、一般人と同じ位の衝撃じゃ意識を失うことは不可能だ。
 が、意識があることになると面倒なので意識を失ったフリをして、ぱったりと砂場に倒れた。ごめんサクラ、服が砂まみれになりました。
 リラが何事か言って、その後同じように殴られたようだ。リラの気配が薄くなった。彼女は本当に気を失ったようだ。
 持ち運ばれる感触。慣れている感触ではあるけど……ちょっ、杖!杖を置いていかないでーっ!ああ……。誰か回収してください。もしくはさようなら、私の杖……。
 手首の紐がぴんと張る。ガジュマロが追ってくるはず。あっ、誘拐犯が走り始めた。……重いドアの開閉音……あじと、ってやつですかね?……壁か何かにもたれさせられる……手も縛られた。まあ、このへんは予測済み、あたしじゃなくてもちろんレイチェルが。ガジュマロがこの家までついてきていないとこの先やばいけど、さっきの誘拐犯の走りに、隠れながらとはいえガジュマロが置いて行かれるということはないと思う(誘拐犯は走るのが遅かったし)から、まず間違いなく、ガジュマロはこの家の位置を確認し、レイチェルにテレパシー糸で伝えたはず。それからレイチェルと共にいる数人のうちの一人、サクラが呪術で学校にて待機班のイツキへと伝える予定だったはず。多分やっていると思う。あたしは呪術わりと得意だから知ってる。そんな難しいものじゃないから。それを呪術得意なサクラとイツキがやっているんだから、かなりスムーズなはず。
 同じ部屋の中からは人の気配が消えた。誘拐犯さんたちは外へ出ていったみたい。ドアの前とかにもいなそう。ただ鍵がかかっているので普通に出ることはできないけれど。もちろん魔法使ってよければ、風系の攻撃魔法とかで壊しますよ。魔法使いなめんな、だ。
 魔法はひとまず駄目というお達しがリーダーより出ているので、リラを起こすのも光系の分類の覚醒専用魔法があるのだが、それは使えなくて、小声で、ゆすったりして起こすのを試みる。
「リラー、リラリラ。起きてー」うう、両手がまとまってると揺さぶりづらっ!
「……大丈夫。起きたよ、セントエルモ」
 目を閉じたまま、やはりだいぶ小さな声でリラ。
「……ここ、室内だね……セントエルモは、起きてた?」
「うん。そんな遠くじゃないよ。まだ時間も経ってない」
「誘拐犯見た?」
「目閉じてたから、見てない」
「今、近くにいないね……どこ行ったんだろう」
「ここ、結構立派な家なんじゃないかと思う。ドアが重たい音だった。古くて軋んでるわけじゃなかったから」
「じゃあ、まだ家の中にいると思うんだね」
「うん……外はガジュマロが張ってるし。あたしたちがしばらく起きないって思ったんだと思う」
「そっか。みんなこの場所は知ってるんだね」
「多分」

 後から聞いたが、この時には、この家から一本離れた路地でガジュマロが見張り、同じ場所に、突撃班・レイチェルリーダーの攻撃要員、セルゲイやフレードリク。サクラに回復専門のアリスが集まっていて、学校では、ハルが住所から住人を割り出しにかかっていたという話。ちなみに情報戦が最も得意なアレクサンドラは参加していないわけじゃない。彼女は魔法工芸品の取り扱いも得意で、それを生かした武器ということで、遠距離攻撃が可能な矢じりだけを発射できる魔法工芸品を手に、ハーディーガーディーと寮の屋根から、この家を見張っていたという。遠距離で撃つ場合は観測者が必要だと言っていたから、目のいいハーディーガーディーを使ったそうだ。

 ぱん、と音がした。リラが目を開け、顔を見合わせる。また目を閉じ、体の力を抜く。
 この家をぐるっと囲む感じで、水系防御魔法が張り巡らされた……この精密な構成はレイチェルのものだろう。まずは閉じ込めた、ってところかな……。
 誘拐犯たちがこの部屋に入ってきた。……マナの動きで気づいたわけじゃないみたいだ。ただ音に反応してこの部屋にわらわら入ってきただけ。
 ガジュマロがドアの鍵開けをしている……。音はしない。さすが。
 ――この部屋だよ……。私は呪術の発動準備に入る。私たちの中で、同じ家にいて魔法の発動準備に気がつかない者はいない!
 ドアの前に人の気配。みんなが来た。誘拐犯は私が動きを抑えている。多彩な呪術の中で補助方面に分類される拘束魔法。足が地面にへばりつく現象が誘拐犯には起きている。驚愕していることだろう。――ばこん。すごい音。目を開けたらフレードリクが扉を壊して立っていた。ひとりじゃない、壊れたふちから、サクラがにこにこ顔を出した。
「呪術だねー。いい空気―」
 呪術が発動されている空間は独特だ。苦手とするものもいるし、サクラみたいに好きだというものもいる。
「セントエルモ、リラは目を閉じていますが、大丈夫ですか?」
「多分頭が痛いと思うよ。あたしも痛い。殴られた」
「それなら平気ですね、その三人であっています?」
「うん」
「だそうなので、どうぞ、セルゲイ」
「っしゃ、いっけえぇぇっ!」
 セルゲイが彼の得意とする火系攻撃魔法を思いっきりという感じで放つ。
「あぶなっ」
「きゃ」
 リラが慌てて自分とあたしを守る防御壁を構成する。
「ちょっと!セルゲイ、家まで燃えましたよ!うまく調整しないと駄目じゃないですか。木材はタダじゃないのですよ!」
「ごめんなさい、やりすぎました。調子乗りました。ごめんってば、ちょっ、いたた、わああ、浮いてる!俺浮いてる!」
「セルゲイの前に、誘拐犯のこいつら絞めろ、フレードリク。お前がセルゲイを絞めたら、肉体派は俺しか残らん」
「同意!ガジュマロに同意です!」
「……わかりました」
 わー、不服そう。って、あ!ひとり逃げるよ、逃げる!アリスが立ちふさがる。
「――……っ」
 アリス、結果は見えてたけどもうちょい頑張ってくれたら嬉しいかな!突き飛ばされて終わらないで欲しかったな!
 ふ、とレイチェルの防御壁が消える。……?レイチェルが集中切らすとは思えないけど?
 次の瞬間、風をきって何かが飛来、逃げようとしてた一人の足をかすめた。なんだろ……、矢じりにみえるけど。そこを逃すフレードリクではない。
 ガジュマロ、セルゲイ、フレードリクが一人ずつ絞め上げている。
 サクラがロープを渡しているけど、その間にも家が燃えてるんだって!
 レイチェルが再度家を防御壁で覆い、その中に豪雨を降らせた。雨の方は魔法じゃない。魔法薬だ。ガジュマロが瓶を投げ上げたら、豪雨。
 あたしとリラはまだ防御壁に覆われていたからいいけど、その他はびっしょり濡れたようだ。寒そう。
 止めとばかりにレイチェルは防御癖に使っていた水分も降らせて解除した。まあ、もうこれ以上濡れようがあんま変わんないけどね。
「私は警備隊の方に報告しに行きます。この場のリーダーはセルゲイに委任します」
 そう言って部屋を出るレイチェルは濡れてない。さては自分だけ防御したなっ!
「サクラ、学校に連絡入れろ」
「はーい」
 にこにこ笑顔のサクラが凍えるような無表情へと変化する。慣れたものだけど、誘拐犯はちょっとびびったみたいだ。まあ、びびるのも同意だよね。あたしたち、いきなりドア壊して入ってきたと思ったら家燃やして最終的に全部びしょ濡れにしたもんね。
「あ、二人とも頭痛いんだっけ?アリス来てくれ、アリスー」
「――……ごめん、いま、行く」
「走ると滑るよ」
「リラとセントエルモが頭?で他に怪我とかした奴いるか?あー、その、火傷的な」
「わたしはー平気―」呪術が終わって再び笑顔のサクラ。
「俺はちょっと手に。……最後でいい」
「私は平気です」
 私たちは防御癖で覆われていたので火傷はない。
 アリスがまず怪我の種類を調べて、それから適応した回復をしていく。最後にガジュマロの手に出来た火傷を綺麗に直して終わり。

 がやがや声がしたと思ったら、警備隊の人たちだった。
「ここです」
「さすが、国家認定の方は違いますね。何があったんです、ここは」若めの隊員。
「まだ、認定はされていませんよ。学生です」
「にしても、良く偶然に、誘拐犯を突き止めたものですね」とは、年配の隊員。
「遊んでいたら、怪しい人間がいたので自衛しただけです」
 偶然ってことにするのか。まー、そうだよね。

 引き渡して学校へ帰る。冷たい冷たい愚痴りながら。それを笑いながら励ましながら。





 四月 二十五日 マリキュールの休日

 記録者 Elmsfeuer



 今日は囮捜査したよ。捕まえられて良かったね!

 まさかアレクサンドラが寮の屋根からあそこまで撃ったってのは驚き。

 誰作品?自作?(後日加筆・レイチェル作だとか)

 家一軒燃やしちゃったけど、いいのかな。



 あ、そうそう杖とは永遠の別れを覚悟したんだけど、ライラが拾いに行ってくれたんだってね!ありがとう!!

 やっぱ使い慣れたのがいいからね。



 今日、しゅーりょー。





つぎー