実習は大変で大変で大変で――大変だ。



 ―― 二学年目 ――


[題名未定・1]


 実習旅行の季節がやってきました。この暑い時期に、ただでさえ暑い南極大陸へ行くらしいです。基本的に雪景色しか見られない北方大陸出身の私としては、死んでしまいます!という感じですね。
 細かく、何をするとはまだ教わっていないんですよね。ぎりぎりまで内容は伏せられているのです。前日朝に先生に告げられることになっています。準備を素早くできるようになるためらしいです。ただ、魔法薬が得意な方や呪術の札なんかを創る方は、皆、作成に追われていて、慌ただしい空気に満ちています。授業が休みになったりするわけではないので、空き時間に買い物に行ったり、そのほかは旅行荷物をまとめたり。
 私は力がある方なので、向こうで行動中荷物を運ぶ係りになっていますので、どこに何を入れてあるかを確認する程度なのであまり時間に追われている感はないのですけれど。自分の荷物は自分で集めておきますけどね。

 多目的ルーム。マナの流れが常に一定になるように調節された部屋で、呪術の札は作られています。ほかの部屋で作ると、闇のマナが飽和してしまうんです。なんだか分からないですけれど、サクラとイツキが呼んでいるらしいので、向かっています。
 校舎では、実験室で魔法薬もぽこぽこと作られているらしいです。私は授業こそとってはいますが、魔法薬・工芸を創ることは苦手なので、手を出すことは滅多にないです。力が強すぎて、いろいろなガラス製品を壊してしまうことが多いもので、授業時間以外の実験室の立ち入りを、クラーク先生とレイチェルに禁じられてしまったので、強制的に禁止というほうが正しいかもしれません。必要なものがあるときはガジュマロに頼んでいます。彼は上手いですからね。まあ本当を言うとレイチェル作品が生徒の中では最高なのですが、彼女は忙しいですし、面倒くさがりでもあることなので。

 さてと、寮と校舎の間って結構距離があるんですよね。やっと着きました。間に校庭が挟まっているからですかね。
 多目的ルームは二階ですね。まあここまでくればこれくらいの距離は大したことはないですけど。多目的ルーム、扉に怪しげな札が貼ってあります。呪術の札を初めて見たときは、思わず三歩くらい後ずさりそうでした。その場にいたほとんどが叫び声を上げたほどです。今となっては、いい笑い話ですね。
 ノック、イツキの声で返事がありました。入室……サクラはいつもどおり、桜咲かない温度です。呪術中のサクラ、これは何度見てもこわいですよ。

「呼んでいると聞いて来たのですが」
「うん。ごめん。忙しかった?」
「特別忙殺されてはいませんでしたよ」
「ちょっと俺たちの手に負えないというか、属性が足りない部分があるんだ。こう、なんていうか、大陸で言ったら北方なんだよ。暑さを防ぐための呪符だから寒い成分が欲しいんだ」
「なんですかそれ。そんなの私持っているんですか?」
「今までの経験で言えば北方大陸出身者は皆持っていたわ。だからフレードリクでも平気だと思う」
「サクラが言うなら本当そうですね」
「フレードリクも呪術授業受けてるから、知ってるはずだけど。スタンダードでもやるだろ?」
「あ、すいません。授業受けてはいますけど、苦手です。呪符作ったことないんです」
「嘘。授業でも?」
「出来上がったことないです」
「うわあ」
「簡単よ。紙に世界を映し出すだけ。大事なのは闇」
「それは分かりづらいですよ、サクラ」
「闇を忘れちゃ駄目。光を思っちゃ駄目。闇の中の力を紙に乗せるのよ」
「どっちかというと光属性が得意なもので……」
「まあ、相性が合わないとできないことはいっぱいあるからね。俺なんか発動しない魔法の方が多いくらいだしさ」
「で、闇苦手な私は、北方大陸というだけで選出されているんですか」
「うん」
「ライラじゃ駄目なんですか?あ、私が嫌だというわけではなくて、ライラの方が適任では?」
「俺らも、ライラを第一希望で呼んだけどね。はは、ごめん。ライラ忙しいって。魔法薬の基本のやつを大量生産中らしいよ」
「ああ、ライラは属性の偏りが少ないですからね。なるほど」
「ってわけで、はじめての呪符制作だよ!頑張ろう、フレードリク!」
「それはなんとも不安たっぷりですね」
「大丈夫、サクラがいるよ!」
 うーん……もっとヤですね。怖いから。
「分かりました。鋭意努力します」
「大丈夫。フレードリクはフレードリクの闇を思えばいいの。それだけ。あとは私たちで練り上げられるから、心配しないで」
「はあ……」
 闇属性を意識ですね……。うーん、私属性意識苦手なんですが。闇属性……。あっ、すごい闇感じます!サクラの持つ闇属性が流れてます、今、まさにここを!
 サクラの闇属性強いです!粘度が濃い感じです。わかりますかね。
 イツキが呪符用の紙に指を走らせると、文字が浮かんで、なんだかよくわからない紋章も加えたところで出来上がったみたいです。
「出来た!」
「えー、あー、ほんとだー。良かったね、イツキー。」
 通常サクラが帰ってきました。
「それでいいんですか?」
「そうだよー。やったねー」
「それは良かったです」
「そうそう、よかった。俺たちだけでやっても全然出来上がんなかったもん」
「ほんと、よかったー」
「なによりです。イツキが作ったということになるんですよね?」
「そうだよ」
「イツキの方が得意なんでしたっけ?」
「補助系のこういうのはね。攻撃になるとてんで駄目。向いてないみたい」
「攻撃はサクラが得意だからいーんだよー」
「はあ……。違いがあるんですね」
「サクラは、今は闇のマナを流しただけ。いい空気だったねー」
「そうだね、サクラが好きそうな感じのマナの流れだった」
「私には空気が重く感じられたのですが」
「あ、なんか個人差があるって聞いたー。サクラは大好きー」
「そうなんですか。まあ、じゃあ、私寮に帰りますね」
「え、だめだめ!」
「まだまだ作るよー」
 えええっ!?
「何枚って注文だっけー?」
「とにかくできるだけ作ってくださいって、レイチェルが言ってた」
「そっかー。がんばろー。おー」
「おー」
「……おー」

 サクラ・バージョン呪術の語るところによると、闇には個人差が大きくあるそうで、その中でも温度に関する部分は完全に生まれ持ったものらしいです。そういうの、マナには多いですね。なんでも北方大陸出身者は闇が冷たいとか。ということは南極大陸出身のアレクサンドラとセルゲイは暑い闇を持ってるんでしょうか。そもそも、マナに温度とかあったんですね……。知らなかったです。魔法、あまり使わないもので。



 さて!当日です!暑いということを考えなければ結構うきうきです。
 朝食後、レイチェルとハルがハインライン先生に呼ばれて行きました。
 その間はすることないです。暇です。みんなではしゃぐくらいしかすることないのではしゃぎましたところ、椅子を壊してしまいました……。ガジュマロがタイムトライアルでもできそうな速度で新しい椅子をつくり、セルゲイが壊れた椅子を焼却処分しました。もちろんマナの調整も忘れずに。完全に証拠隠滅したはずだったのですが、帰ってきたレイチェルに、最近その椅子新しくしたかしらとあっさり見抜かれてしまいました。まあしかし彼女は、数が揃っていれば何の椅子でもいい派なので、どうでもよさそうにその椅子に座りましたけれど。

「地図は持ち運び用に三つ貰ってきたわ。大きいのをそのほかに一つ。これを見ながら説明するわ。ハルが」
「はい。てわけで俺の説明になるね。まあ、そうだろうと思ってちゃんと考えてあります。
 基本的にはチェックポイントが設けてあって、全部クリアしたら帰って来れる、いつも通りの感じの実習ね。
 地図が三つってことで、とりあえず今日は三班に別れるから。テント作る係りと、その周りを警護する班と、探索班ね。これは決まり。メンバーは後で。
 んでー、明日からはテントに残る班と、実動隊は二組作る予定だけどまだ仮決定。現地の感じを見て決めるから。
 んじゃ、メンバー分け。覚えてね。テント班リーダーはモニカよろ。メンバーは、アリス、フレードリク、セントエルモ、リラ。
 警護班はリーダー俺。で、アレクサンドラとハーディーガーディー。モニカとフランクとイツキはテント班と警護班兼任。状況によって動いてね。一応俺が指示する予定だけど。
 探索班はリーダー、レイチェル。メンバーは残りで、ライラ、セルゲイ、サクラ、ガジュマロ。
 回復は出来るだけリラ、ハーディ、ライラを基本に頑張って。ハーディとライラは、どうしても無理な場合はモニカに連絡してアリス対応で。
 もしアリスでもどうにもできない事態が起これば、学校に連絡する。シェリー先生が学校に待機してくれてるから、帰還、ということになる。ああ、そう。アリスは無理しすぎないように。アリスの魔力切れが最も怖いからね。そんな感じかな」
「質問いいですか」
「フレードリク、なに?」
「その感じだと、テントは概ね私が作るんですか?」
「フランクとイツキにも制作の段階は手伝ってもらうし、それで足りなかったら俺もやるからなんとかなると思う」
「いえ、多分ハルはいなくても大丈夫かと思います」
「そう。んじゃ、よろしく。他に質問とかある?持ち物とかはレイチェルが今書いてるから、それに従って欲しいんだけど」
「出来ています。配ってください、ハル」
「おっけー。はいこれ。隣回していって」
 配られた紙は、個人別で分かれています。私の紙にはこれといって書かれてないですね。というか、本当にないです。紙に、≪フレードリク・特になし。書く事少なくて私幸せです≫と書いてあります。ちなみに隣のイツキの紙にははみ出しそうな勢いで何かたくさん書いてあるのが見えますね。こころなしかイツキの顔はげんなりしています。
「じゃあ、準備に入って。終わり次第、テレポートの計算をはじめて、せめて昼前にはレッツゴー。を目指して、一度解散!」

 することはあんまりないです。自分の部屋から少しばかりの旅行荷物を運んで終了です。重さとマナの量をレイチェルに申請します。彼女は彼女で忙しくしているので、紙にまとめて、机に置いておきました。
 荷物が少ないメンツからぽいぽいと紙が重ねられ、全員分が集まったところで、レイチェルとライラが計算を始めます。その間に、荷物を校庭に運び出します。テレポートは校庭からやるので。
 長距離を移動できるテレポートは呪術と補助の二つを混ぜ合わせて作られた魔法だそうです。なので、両方が得意なライラがやるのが安定します。
 そもそも、この魔法、唱えられる人材が大分限られています。呪術は基本的に闇属性が得意な人が得意になり、補助魔法は反対属性の光属性が得意な人が得意なので。もちろん私は無理です。ライラとレイチェル、あとは少し唱え方は変わりますけど、呪術だけで練り上げられるのが、イツキ。
 ただ、短めの距離なら、呪術を抜いて、補助魔法だけで出来るので、どうしてもの場合はそれを連続して行うとかしかないですね。言うまでもなく、多用は危険です。知らない場所に移動するのは自殺行為に等しいでしょう。首都の中にいて、学校に門限の時間までに間に合わなそうだったりするとき、ごくたまに使います。

 さて、校庭には、ハルとサクラによって光のマナと闇のマナが同時に多めになるように調整が始まっています。ライラが木の棒で土の地面に呪術の魔方陣を書きながら、その上に補助系統に分類されるテレポート用の足組みを構成しています。つまり、二つ、それもほとんど逆系統の魔法を組み上げているんですね。
 ライラに、フレードリクくんはここ。と指示された場所に立ちます。
 最後に円の欠けていた部分にライラが立ち、いくね、と合図。目を閉じます。なんでしょうか、いつも癖で目を閉じますね。開けていたらなにが見えるんでしょう。

≪ねえ、目を閉じて。一度分子へと変化して、旅をしよう。
 私はもうここにはいない。遠くどこまでも行ける。私がいるのは何処だろう。
 ここに着くと決まった運命。分子が私たちを構成する。
 さあ、目を覚ましましょう≫

 決められた呪文はないので、今のがライラがテレポートの魔法用に決めた呪文ですね。いつも聞く音でした。長いのは、その分、魔力を丁寧に流す必要があるからでしょう。
 暑い。茹だるようにとはこういうことでしょうか。目を開けると、そこは、校庭ではなくなっていて、草原の真ん中に立っていました。近くには山と、多分川もありそうです。そんな感じがします。
 円の円周部分に立っていた私たち十五人と、円の中に置いてあった荷物が切り取ったように、南極大陸へ移動しました。この暑さは南極大陸で間違いないでしょうね。
「あっっつい!」
「私も同感です、ハル。なんだかやる気も失せてきました」
「やる気は無くさないで、レイチェル!」
「駄目です。暑いです。先生は何を考えているのだと思いますか?」
「北方大陸出身者をころそーとしてんじゃないのかなコレ……」
「ちょっと、大丈夫?」
「逆に聞いていいですか、アレクサンドラ。なぜ、平気なのですか……!?」
「普通じゃん。ね、セルゲイ?」
「ああ、つーかお前ら真面目に聞くけど、どうした!?」
 暑い時期の南極大陸は初めて来たもので……まさかこんなに暑いとは思いませんでした。
「ライラ!ちょっと、しっかり!」
 ライラがぱったり倒れています。長距離テレポートは大魔法と言っていいでしょう。それだけの魔法を行使したあとです。普通でも立っているのは辛いでしょう……私もそろそろ地の文が辛くなってきました……。
「涼しくする呪符を作ってあるよー」
「早く貼れるようにしましょう……でないと、北方面出身者は、死んでしまいます」
「同感」
 ハルは言うと。
「まず、位置確認。レイチェルは今無理そうだから俺が指示する。ハーディ、アレク、まず上空確認。早めに頼む」
「はい」「名前省略しないで、って言ってるでしょ!」
 文句を言いつつもさっさと飛んでくれて助かりました。あ、セントエルモが扇いでくれてます。ちょっと楽です。
「モンスターは、今は近くにはいない。この場所は開けているみたいだし、守りやすいし危険はなさそうだと思う」
「ここは確かに地図通りの場所よ」
 二人が各々の仕事を果たしました。
「おー。んじゃ、……あれ、えーとなんだっけ……」
「私がここに防御壁を張る。じゃない?」
「あ、そうそう。リラが、えーと属性は風がいいな。いいか?」
「分かった」
 風属性なら防御壁の出入りができますからね。その分強度は下がりますけど……そこは何とでもなるでしょう。
「でー、モンスター排除の呪符はどっちが作ったんだ。イツキか?」
「うん、俺。ここに貼ればいいの?」
「おう。サクラ、暑さ避けの呪符の中にはサクラ作もあるだろ」
「あるよー。貼るねー」
 うわ、急に涼しくなってきました。
「冷気提供はフレードリクです。ありがとー」
「生き返ってきた」
「やる気がすこし帰ってきたわ」
「ライラはもうちょっと横になってたほうがいいと思う。暑さにあたったなら、休まないと大変なことになるから」
「じゃあ、一日目の行動、ちょい変える必要あるな……えーと」
「ライラがテント班、リラが警護班、ハーディーガーディーが探索班に移動してください。それで概ね平気なはずです。それから、ライラなのですが、横になりながらでも指示は出して平気ですか?」
「あ、うんそれは大丈夫。安静にしてればいいはず」
「では、テント班のリーダーをライラにお願いします。以上、行動開始」



実習は始まったばかりだ。





つぎー