この夏の暑さは一生僕らの記憶から消えはしないだろう。



 ―― 三学年目 ――


[リラ事件(仮)・1]


≪Dear Aris
 夏休みは今年もやっぱり帰ってこないのね。まあ、気持ちはわかるけれど……。
 健康診断についての返信を一緒に入れておいたので、レイチェルに渡してね。
 ところで、重要なことがあるの。先だっての健康診断の資料、あなた、見た?
 見ていなかったら今すぐ見て頂戴。リラのところよ。
 この三年間分……できれば上級学校の時のものも探して見て欲しい。
 身長の値を比べてみて。記憶していた去年度のリラの身長は今年度測られた値より高かった気がする。
 気のせいだったら良いのだけど……リラは、あの体だから。
 その他の部分も比較して気になることは全部書き出して返信がすぐに欲しいの。
 あなたから返事が来たことはないけど、これは事務事項だから送っていいのよ。すぐ送って頂戴。
 よろしくね。 From Alice≫



 ……僕はリラの身長の値を記憶していなかったので、手紙が届いた日にレイチェルに資料を渡したついでに、彼女に手紙を見せ、レイチェルに三年分集めてあるのを貰った。
 それから、レイチェルが、ハルに上級学校に資料を取りに行くよう命じてくれた。
 そしてハルは有能さをいかんなく発揮し、即座にもらって帰ってきた。彼女らは夏休暇に実家へ帰る予定がないと聞いている。
 礼を言い、部屋へ戻ってリラの資料を六年分比較する。

 ――……大変だ。レターセットを常備しておいてよかった。使ったことはない。はじめて書く手紙だ。ペンと紙をつかんで机に向かい、丁寧に返事を書く。



≪Dear Alice
 以前一定だったけれど、この二年、減っている。
 上級学校(115−115−115)国家認定コース(115−113−108)
 マナ含有量が六年連続減少。この年齢では、通常変化なし・もしくは増加するはず。
 なにか対処法が? From Aris≫



≪Dear Aris
 大変だわ。私、病院閉めてすぐそっち向かうから!泊まれる部屋ある?
 レイチェルに言っといてね。 From Alice≫





「フレードリク、久しぶり!みんなも!」
「お久しぶりです。アリスさん」
「あれだね、さん付で呼ばれると、呼び分けしてたの思い出すね」
「ですね。三年目になってもみんなが、くん・さん付けで呼ぶんですよね」
「なんで名前一緒なんだ?」
「え?ガジュマロ知らないのー?」
「サクラ、知ってるのか?」
「うん、サクラはー、アリスちゃんと仲良しさんだったんだよー」
「保健係り一緒だったんだよね」
「そー」

 僕の名前がアリスと同じで、アリスなのは、僕がアリスの名前を貰ったから。僕には名前がなかったんだ。それは僕らが双子だったことに端を発するんだけど、いまはどうでもいいこと。

「――アリス」
「はいはい。分かってるよ。緊急時っ。レイチェルは?」
「――さっき、手紙見せた」
「あ、良かった。先に私が着いちゃったらどうしようかと思った」
「アリスちゃん今どこに住んでるのー?」
「首都からちょっとのとこの町、っていうか地元で医者やってる。電車で、一日で着くよ」
「へー。アリスちゃん、魔法薬も回復魔法も得意だもんねー。天職かも?」
「かも。ふふっ」
 個室棟からのドアが開き、レイチェルがやって来た。
「アリスさん?速い。……いらっしゃい」
「あ、レイチェル。はじめまして?私はあなたのこと見たことあるんだけどね」
「……見かけたことはある気がします。本当にアリスにそっくりなのですね」
「上級学校でよく言われたよ。でも、今は結構違う気がするけど」
「そっくりですよ。髪型も服も体型も違いますけれど」
「それ、大分違うよ」
「性格も真逆ですね。聞いていた通りです。アリスさん」
「あー、えっと、そうそう。泊まれるところあるかな?結構長丁場で観察というか検査したいんだけど。リラの」
「場所は用意できませんでした。すみませんが、少し待ってください。……リラがどうかしましたか?」
「うーん……、身体測定のデータを見てもらえるとわかりやすいんじゃないかと思うけど」
 アリスが斜めがけした大きな鞄から紙を引っ張り出した。
 四月に僕らが受けた健康診断のデータが記された、リラの部分だ。
 さっとななめ読みしたレイチェルは彼女らしからぬ様子で、どうも自責を感じているようだ。
「……なんでこのことに気がつかなかったのかしら。私」
「それは当然だろ」
「なぜですか、ハル?」
 けろりと言うハルにレイチェルが訊ねる。
「だってレイチェル、そのデータ見たの今が初めてだろ」
「言われてみればそうね」
「気づけるはず無いじゃん」
「……なんで見なかったのかしら」
「レイチェルが積極的に事務作業をやったら心配だよ」
「なぜ?」
「いや、まあ、うん、なんでもないよ」
「ところで、私、事態が飲み込めていないのですが、何が起きているのですか?」
「一言でいってしまえば、リラの命が危険ということよ」
「ええっ」
「本当なのか!?」
「で、当のリラはどこ?今すぐ診たいんだけど」
「リラはー、おうち」
「ああ、今は夏休みなんですよ、学校」
「それはアリスから聞いているけど、あ、じゃあ、誰が学校に残ってる?」
「ここにいる、レイチェル、サクラ、アリスにフレードリク、ガジュマロと俺。ほかはイツキがいるけど、イツキは追試があるんだ」
 ハルが答える。
「じゃあ、イツキとサクラは追試が終わったら帰るの?」
「その予定だったけどー、非常事態ならここに残るよ。イツキも良いって言うと思うー」
「夏休暇っていつまで?」
「七の十五までだよー」
「あと半月以上あるね」
「そうだねー」
「でも、休みが終わったら、私たちは授業が始まってしまいますし、できれば休みの間に解決したいところではありますね」
「ああ、そっか。そうよね」
「アリスちゃん、部屋はサクラの部屋使っていいよー。レイチェルの部屋は人に貸せそうな状態じゃないもんね。サクラは誰かの部屋借りるからー、気にしないでいいしー」
「ありがたくそうさせてもらうね」
「半月で解決するのですか?」
「それはね……ちょっと私には無理。――アリスは?」
「――……できないと思う」
「レイチェルは?」
「さすがに無理だと思うわ」
「という訳で、無理です!」
「開き直られてもー」
「だから、みんなで話し合ったり、色々調べるの。私だけでは閲覧できない本があなたたちなら読む許可が下りる。できる実験も増える。使える機材も当然そう。
 お願い。手を貸して欲しいの」
「私がリラを見捨てるなんてことは未来永劫ありません。アリスさん。ただ、休みが終わるまでは、実家に帰った方たちを抜きでやりたいのです。家族と過ごす時間というものも、とても大切でしょうから」
「それはもちろん。できるだけ迷惑かけないようにするよ」
「そこは違います。あなたの考えを迷惑だと思っている方がいるというなら私がちょっとびりっとさせていただくところです。協力は何一つ惜しみません。そうですね?」
 その場にいたレイチェルとアリス(姉)以外の全員が首を縦に降った。
「ありがとう」
「それはこちらの台詞です、アリスさん。私は自分の怠惰のせいで、大切な仲間を失うところでした。どうもありがとうございます。頑張りましょう」
「……っ、うん!」




 その日は、ハルが、アリス(姉)を寮に泊める許可を貰いにハインライン先生のもとへ行ったあと、シェリー先生宅へ伺いに行くと言い(理由は遊びにきたってことにしてある。僕が実家に帰らない理由を先生は知っているから、アリス(姉)が会いに来た設定。大事になるとまずい)、それからレイチェルがこれからの計画を立てると言って、部屋へ引っ込んでしまったので、不謹慎かとも思ったが、サクラがどうしてもというので、アリス(姉)の歓迎会をした。
 そして翌朝のこと。
「おはよう、サクラ」
「アリスちゃん、疲れは取れたー?」
「ええ。部屋、ありがとうね」
「ん−ん。気にしないでー」
 サクラは昨夜、自分とレイチェル以外の全女子の部屋を吟味した結果、モニカの部屋を借りることにしたらしい。
 そのサクラは、レイチェルの部屋へノックもせずに入っていく。レイチェルを起こすために。数分に及ぶ攻防の後、サクラはレイチェルを引っ張ってロビーへとやって来た。
 レイチェルは半分寝ているものの、その手にはなにやら数枚の紙が握られており、話し合いをする準備はできている。
 居残っている男子は、基本的に皆早起きであるため、レイチェルが入ってきた時点で全員揃っている。
 ついでに記すと、休み中の係り当番はないため、概ねボランティアという形で毎日誰かがやっている。掲示板の係りのところに自分の名札を付けるのが「やります」という合図だ。
 掃除は基本フレードリクが行い、食事は主にガジュマロが作る。洗濯だけは男女分かれる必要があるため、ここのところずっとサクラが女子の担当だ。男子は、今は僕が大抵行なっている。ちなみに、名札が付かなかった日は、仕事が行われない。人数が少なくなる休みの間はどうしてもそういう日が出る。
 という訳で、今日もガジュマロ作の朝食を食べる。終わったら話し合いだ。イツキは追試が終わるまで勉強をしなさい。というお達し。



「さて、説明はいつも通り、俺です」
 先ほどレイチェルが持ってきた紙を手に、ハル。
「レイチェルが紙に書き付けたことを、いい感じにアレンジしてお届け。おっけー?」
「はーい」「ま、いつも通りですね」「そうなの?」「いつもそうー」
「じゃあ、まず、基本。大前提として、リラの今の状況について。
 体内にマナが一定量あることは知ってるよな。えーっとつまり、サクラとかみたいに闇属性が得意で、どれっだけ光属性が少ない人でも、一定量以上は必ず持ってるって理論だ。ちなみに養成学校で習ったからアリス(姉)も知ってるだろ。忘れたやつは今思い出せ。
 定まった一定の量がなぜあるか。当然体を構成するためだ。
 これは習わなかったけど、それが無くなったらどうなるかわかるか。俺は分からなった。アリス(姉)が教えてくれたんだが、なにでもなくなる、んだと。そう言われても今ひとつわからんが、とにかくそうだと。
 一定量以下になりそうなときがあるらしいな。ライラ、セルゲイ、アリス(弟)辺りの比較的大魔法を唱える機会が多ければわかると思うんだが、平たく言えば、使いすぎだな。うーん、わかりやすい例で言うと……これはちょっと違うが、例えば洞窟の奥とかで、光属性のマナが少なくて、その上、そのマナは明かりを作るのに使っている時に怪我人が出た。そんな時、アリス(弟)はいつもどうしてる?」
「え……。――患者の含有している光のマナを使う……」
「そう。だけど、その患者が持つマナが少なかったら?」
「――魔法を使わない……けど」
「さあ、なんでだ」
「――えっと……足りなくなってしまうから」
「はい正解。だけど、光のマナが枯渇気味の患者だって、洞窟を出て光のマナが多くなれば、周囲から吸収して、光のマナを増やす。
 ここが今回のポイントだ。
 リラは、吸収ができない体質。まあ、正確にはちょっとはするらしいな。
 で、今限界が来てるんだそうだ。証拠に身長が縮んでる。少しずつ人体を構成するだけのマナがなくなっていってるってわけだ。
 俺たちが今、リラのために研究することはひとつだ。
 つまり、自然に取り込む以外の方法で、リラの体内にマナを呼び込む方法を探す、だ。
 アリス(弟)に聞いてみたとレイチェルは紙に書いているんだが、今のところ授業でそれらしいことは学んでないということだ。
 んでー、調べて回りましょうってことになります。
 とりあえず図書館系から周りますとのこと。えっと、研究所図書館と、首都中央図書館と……ん?養成学校図書館?」
「一応目を通したいと思いますので」
「だそうです。あ……あれ、レイチェル?振り分けが書いてないんだけど、どうすんの?」
「それは、昨日眠くなってしまって」
「……考えてある?」
「今考えるので問題ありません。」
「……司会パス」
「受取ります。七人ですね、えーと。
 首都中央図書館ですが、リーダーはサクラに委任します。あとアリス姉弟にお願いします。
 研究所は私とガジュマロ。イツキも試験が終わり次第ここに入ってもらいます。
 養成学校はハルがリーダーでお願いします。フレードリクも一緒に。
 以上で大丈夫ですね。何かわからないことがあったら……そうですね、紙に要点をまとめて個室棟の掲示板に貼っておいてください。答えがわかる人は、同じように紙に書き留めて貼ってください。いちいち誰かを探して聞くのも時間が掛かりすぎてしまいますから」

 新しい紙にハルがメンバー分けを書き込んでいる。

・中央−サクラ・アリス姉弟
・研究所−レイチェル・ガジュマロ・イツキ
・養成−ハル・フレードリク

「では、行動開始をお願いします」

 うわあ。アリス(姉)と一緒だ。……すごい。いつぶりだろう。いや、養成学校卒業以来だけど……。嬉しい。





ここはこの戦いの始まりの地。彼らは走る。どこがゴールかもわからないまま。





つぎー