急がばまわれ。



 ―― 三学年目 ――


[リラ事件(仮)・2]


 首都中央図書館。一般人が利用できる最高位の図書館だ。蔵書は多種多様にわたる。特に、研究所図書館や、養成学校などでは置いていないようなものも、あったりする。
 図書館にはよく通いつめる方だが、ここだけは来たことがなかった。名前は中央と付いているが、どちらかといえば西寄りにあり、東校舎をあてがわれている僕らの学年からしたら、そこまで行くくらいなら研究所で十分なのだ。
 言うまでもなく、遠い。せめて直線で真っ直ぐ行ってしまおうと、一日目に空から向かった。サクラはアリス(姉)が背負った。
 アリス(姉)と僕は、体型はほとんど同じで、男子にしたら小さい僕と、女子にしたら背の高いアリス(姉)というわけ。雰囲気が全く違うので、見間違える人はいないが、そっくりであることには違いない。
 そうして、たどり着いた首都中央図書館の、裏手、何もない開けた場所にサクラが呪符を埋め込んだ。特になんの効果もないそれは、微量だが純粋な闇属性のマナを発生させる。しかも霧散しない。テレポートする先を示すターゲットとして置いておいた。
 翌日からは学校からその場所へとテレポートで移動している。
 面倒くさいが、ターゲットがあるとないでは、成功率がかなり違う。僕としては、正直、ターゲットのない場所へテレポートしたくない。失敗したらどんな空間に落ちてしまうかわからない。この世界だったならば、たとえガリィーラヴィー大陸のジャングルの奥地だって、まだ失敗としてはいい方だろう。

 ばらばらに散らばって本を探す。これというものに出会えたら、読む。当たり、というか役に立ちそうな部分は書き写す。これは掲示板に貼ることになった。
 話し合いを設けると時間を食ってしまうので、掲示板上で色々と確認をすることになった。個室棟の掲示板は先生が見ることがないので、こっそりとやるにはここに貼るしかない。個室棟の出入口にあるそれは生徒ならば全員が朝と夜に目にする。今まで特に使われていなかったが、今は七人が場所を争うように紙を貼り付けている。同じことが書かれたものや、よりよく書かれているものがある場合ははがし、質問も解決したらはがす。

 あ、これはちょっといいんじゃないか。『魔法使いなら初心者でもできる!ランプ作り』。ニーズがあるのかは甚だ疑問だが、ランプと言えば、光のマナを一箇所に凝縮して留めて使うものだ。……普通のランプはどうなのか知らないが、魔法使いならそれが常識だ。
 薄っぺらな、その本は、どうやら工作の本らしく、その大部分はランプの外観を作ることに費やされているが、マナの留め方には幾種類か方法があると書いてある。そうなのか、知らなかった。……習った気がしないでもない。つい、自分の一番得意な方法しか覚えないからな。
 まあ、でもこの本は違うな。本棚へ返す。
 あ、でも魔法使い作以外のランプってどうなってるんだろうか?関係ないような気もするし、まあそんな本を見かけたら、ぱら読み位はしておこう。個人用に持ち歩いているメモ帳に書き留めておく。
 歩いて見て回っているうち、僕ら三人が陣取った、中くらいのテーブルの見える場所でそちらに目を向けると、サクラがべたっと机に伏せていた。
 おや、と思う。サクラは、のほほんとした見た目の割に真面目で頭の固いところがある。さぼるなどということはないはずだが、もしかしたら気分でも悪いのだろうか。
 小さめに声をかける。
「――サクラ、平気?」
 僕が自発的に声をかけることは基本的にないが、この時はなんとなく声を発した。
「ん、あ、平気。ちょっと疲れて。ごめんごめん。頑張るね」
 ふわりと笑うサクラだが、きっとかなり疲れているんだと思う。声が硬い。
 置いてあった本を捲って、書き物を始めるサクラを遠くから振り返り見やる。
 サクラはいつも稚気を帯びた話し方、仕草をする。だけど、本当に辛いとき、彼女は、俗に≪呪術モード≫などと呼ばれている際のサクラに近づく。声は固く冷たくなり、笑顔がわざとらしくなり、深刻そうな表情を見せる。めったにないことで、きっと知る人も少ない。
 僕は、伊達に長年回復役を担ってきているわけじゃない。モンスターの気配を読むのも、トラップを解除するのも下手くそだけれど、体調不良の仲間を見分ける目は備わっているはずだ。
 そして、それは僕だけじゃなくて、アリス(姉)だってそうだろうと思う。遠くからサクラを見て立ち止まるアリス(姉)を僕は見かけている。

 こうして調べ物を初めて十日を超え、すでに試験が終わったイツキも加わっているが、みんな、きっと疲れも溜まってきているんだと思う。それから、すこしずつ、焦りの色も見え始める。七の月に入って、それはますます顕著になったように思う。
 このまま十六日を迎えたら、頼もしい味方が全員揃うと共に、授業が始まり、自由な時間は限りなく減る。
 リラに、僕らに残されている時間はあとどれだけある?
 僕はそのことを考えてしまう。本の列を眺めながら、焦りばかり感じる。

 寮に帰る際には、サクラか僕が短距離テレポートをする。大体交互にやっている。今日はサクラの番だったかな。サクラが構成を始めるより前に、僕は組み立てを始める。あれ、とサクラがつぶやいたのを気にしないで、足組みをどんどんと組み立ててしまう。僕が使う短距離テレポートはサクラとは種類が違う。組み上がったので、両手を差し出す。手を繋いでいないと複数人の移動ができないので。片方にアリス(姉)もう片方にサクラを持つように移動する。
 寮にはテレポート用のポイントが作られているのでそこを目掛けて、全てを飛び越えるように。
≪僕たちは常識に縛られない存在だ≫




 レイチェルと話してみようと思った。きっとはじめてのその思いをまとめるのに時間が掛かったみたいだ。それが焦りに感じたんだろう。
 だが、生憎レイチェルは不在のようだった。個室のドアにかかった札が裏になっている。ハインライン先生のお手製のそれは表なら在室、裏なら不在という意味を持つようになっている。
 レイチェルは一番手前の部屋を使っている。なので、ドアの横には掲示板がある。それをみるともなしに眺める。
 今まで何もなかったそこはぎゅうぎゅうと紙切れがひしめいている。すこし見づらいが、丁寧に書かれているこれはきっとイツキが書いたものだ……こっちの小さい字はレイチェルの……綺麗で読みやすいこのメモはガジュマロだろう……字は綺麗だけど行が、がたがたになってしまうのは、ハルの癖だ……。ぼうっと眺めているだけで、内容は頭に入ってこない。
 先ほどメモ帳に書き付けた疑問を、違うページにまとめ直してちぎり取り、空いているスペースに貼った。[魔法を使わないランプの作り方が知りたい・Aris]
 長いことレイチェルの部屋の前にいたからか、個人棟に入ってきたガジュマロに声をかけられた。ガジュマロが出ていく時にも僕はここにいたからだろう。
「ひょっとして、レイチェルに用か?」
「――あ、うん」
「だったら校舎にいたぞ。実験室だ。俺が校舎に行ったときはまだいた」
「――ありがとう」
「ああ」
 ガジュマロの部屋は奥から二番目だ。そちらへ去っていくのを少しだけ見送って、校舎に向かうことにする。

 個人棟のデメリットはロビーを経由しないと外へ出られない点だろう。
 ロビーはしんと静まり返っていた。誰もいないようだ。だが、遠くから声が聞こえるので、食堂かキッチンか風呂場かに誰かいるんだろうと思う。
 不意に個室棟からのドアがあく音がして少しびっくりした。ハルだった。紙を腕いっぱいに抱えている。
「あ、アリス(弟)。ちょい時間ある?」
 頷いて返事をする。
「ちょっと、これ、先生んところ持っていかないといけないんだけど、手伝ってくれないか?とにかく量が多くて……」
 また頷いて返事にかえる。ハルは紙の束を一旦ロビーの机に置いて、そのうちの三割くらいを寄越した。残りはもう一度抱える。
 どうせ行き先は校舎だ。主にハインライン先生が常駐している。たまにアシモフ先生のことがある。クラーク先生のことはあまりない。校長は小さい娘がいるとかで基本的に夜はいない。
 校舎に向かってハルと歩く。
「悪いな、アリス(弟)」
「――いい、別に」
「うん、ありがとう」
 特別話が盛り上がるわけでもなく、静かに歩いた。思えば、ハルも相手が僕じゃなければ、話をしながら歩いただろうが。
 校舎一階に教員室はある。今日も相変わらずハインライン先生で、笑顔でハルと僕に礼を言いながら紙束を受け取った。
 僕は実験室を目指す。
「あれ、アリス帰んないのか?」
「――校舎に、用があったから」
「そっか、んじゃ、ここで」
 ハルのこういうさっぱりとしたところは結構好きだ。
 実験室には明かりがついていて、レイチェルが一人黙々と作業をしていた。何かしら調べているようで、実験結果に顔をしかめて、傍らの紙に×印をつけた。
 そこのタイミングでノックをした。
 レイチェルが顔を上げてこちらを見た。「どうぞ?」
「なにかあったのですか、アリス(弟)?実験をしにきたわけではないのでしょう」
「――ちょっと……話があって」
「珍しいことですね、あなたから話とは。なんでしょう?」
「――あの、みんなが疲れているように思う……どうしたらいい?」
「ふむ、休みを入れたいけれど、時間がない。と続きますね。私も考えていたのです。でも答えは出ませんでした。だからアリス(弟)の問題に返事ができません。ごめんなさい」
「――いい」
「時に相談があるんです、アリス(弟)。いいですか?」
「――なに?」
「リラが帰ってきたらマナ含有量の検査をしたいと考えているんですが、リラに悪影響はありませんか?」
「――ないと思うけど、よくわからないというのが正しいと思う」
「今年の頭に健康診断で測った数値でも概算で、リラの寿命がはじき出せると思うのですが、より正確に行いたいのです。どれくらいの月日で、どのくらいずつ減っているのかが知りたいのです」
「――寿命……」
「ですが、どのくらいマナ含有量が減るまで、健康を維持できるかは、まだ分かっていませんので、あまり意味はないかもしれませんね。なにしろ情報が少ないものですから」
「――魔法使いの範囲じゃなくて、医師の管轄の方がそういう情報があるかもしれない」
「アリス(姉)が言っていた?」
「――いや、いま僕が思っただけだけど……」
「なるほどね。すごくいい発案だわ。たしかにそうかもしれない。考えてみます」
 鐘がなった。夜の九時を知らせる合図に首都のあちこちで鳴らしている。九時に光と闇のバランスが闇側へと入れ替わるからだろうと思われる。
「今日はもう実験はやめておくかしらね」
「――邪魔してごめん」
 机の上のレイチェルのメモにはたくさんの項目が並び、半分くらいに×印が付いていて、もう半分は実験されるのを待っている。
「いいのよ。私が聞きたかったことを聞いていたんだもの。こちらこそ謝らないといけないわ。わざわざ校舎まで来てもらったのに、返事が曖昧だったのですから」
「――ううん」
「貼り出してみようかしら?」
「――きっと、みんな大丈夫だって言う」
「そうよね。相談の時には無理だなんだと言いながら、実際行動し始めたら無茶する面子なんだものね」
「――うん」
「ああ、疲れたわね……今日って何の日だったかしら」
「――……水、かな?」
「そうだったわ。休みの間って曜日感覚がずれちゃうのよね」
「――うん」
 そんなことを話しながら寮へ帰った。ロビーにはハルがいて、なにかしらの作業をしていた。リーダーの仕事だと思われる。いつもならレイチェルに何事か文句を言うのに、今日はおかえりとだけ言った。ガジュマロが階段を下りてきた。ハルに何していたのかと聞かれ、明日の朝食を作っていたと答えた。階段の途中ではサクラとイツキがいて、話をしていた。サクラがいつものように笑っていて、少し安心した。個人棟へのドアを開けたとき、ロビーの奥からフレードリクとアリス(姉)が出てきた。アリス(姉)は髪をまとめていた。ハルとの話を背中で聴くに、風呂場を掃除していたとのことだ。
 そういえば最近アリス(姉)と話をしない。……いや、話をしていないんじゃない。ほかの人ともよく話すようになったんだと、部屋に帰って気がついた。

 思えば養成学校時代に、アリス(姉)以外にまともに話をした人があっただろうか?思い出せない。きっとなかったんだろうと思う。あの頃僕はずっとアリス(姉)の後ろにいた。世界の全てをアリス(姉)を通して見ていた。
 今では不思議とアリス(姉)以外と話すことが多くなった。入学したばかりの頃、僕はどうやってみんなと話していたんだろう。こうして進学しなければ、人と話すことをしないままだったかもしれない。そう考えるとみんなには感謝の一言しかない。




 翌朝、掲示板には僕の問いに答えが返ってきていた。[魔法を使わないランプは現在作られていない。過去にはあったのかもしれないが不明・Hal]。
 そうなのか。その他、更新されている情報がいくつかあったので、読んだ。それから、ハルの返答を受けての再びの質問を書き、貼る。[魔法を使わないランプは過去あったのか。あったのならどのような方法で明かりを維持していたのかが知りたい・Aris]
 サクラがおはようと声をかけながら、レイチェルの部屋へ入っていった。最近は毎日サクラがレイチェルを起こしているようだ。
 時間をおかず、再びドアが開いた。おや、と思う。レイチェルにしては素早い起床だ。
「おはようございます、アリス(弟)。なにか新しい情報がありましたか?」
「聞いてよー。レイチェルが一人で起きてたのー」
 そう大きめに声を上げながらサクラはロビーへ入っていく。
「ええっ、今日、槍でも降るんじゃないですか?」
 降るかもしれない。
「――寝ていない?」
「あら、寝たわ。私だって起きるときはあるのですよ」
 異常現象だ……。
 レイチェルは寝起きらしからぬ足取りでロビーへ向かい、宣言した。
「今日は、図書館へは行きません」
 え?
「ここで情報をまとめます」
「掲示板でやるんじゃないのか?」
「七の月も十日を超えています。そろそろ実家へ帰った方々が戻ってくるでしょう。綺麗に纏まっていたほうが彼らのためになります。そう、昨日考えました。
 先生は、今日は会議があるので、寮には来るとしても夕方以降でしょう。貼ってある紙を全部まとめておきます。どなたか取ってきてもらえますか?」
「あ、おれ持ってくるね」
 イツキが走っていく。後を追ってサクラも。
「それから、最近さすがに係りの仕事が大雑把です。先生が心配していました。なんなら手伝いに来ると仰っていました。食事はまあ出来ているでしょうし、掃除もフレードリクが結構やってくれていますが、洗濯所がそろそろ溢れそうです。着替えも足りなくなりそうなのです。
 休息も足りていません。違う班の方と話し合いたいこともあるのではないですか?そういうことで、今日は以上の事柄を行う日にします。
 リーダー命令ということで、お願いします。いいですか?」
 反論、異論は出なかった。
 いつもとは違い、ゆっくり朝食をとった。それからロビーで、ハルとガジュマロがメモをまとめ始めた。レイチェルはこういった作業は苦手なので不参加。きっと校舎で実験の続きでもしているんじゃないだろうか。僕は洗濯場に向かった。そこでは大量の洗濯物が待ち受けていた。
「うわあ……」
 サクラだ。女子の洗濯物の山を見てうんざりとしている。だが、今寮には女子は三人、男子は五人。当然、洗濯物は男子分の方が多い。
「なんか、そっちも大変そうだねー……」
 洗濯する順番とやらをモニカに散々仕込まれたので、その分別に取り掛かる。サクラも独自の分別法で洗濯物をより分けていく。
「フレードリクが掃除を徹底するとか言ってー、箒とか雑巾とかせっせと運んでたからー、サクラとイツキもやろうとしたんだよー。だけど、洗濯行けって言われたー」
 サクラが話しかけ、僕は無言を返事にする。
「なんかー、この休みの間サクラがずっと女子分洗濯してるなー。レイチェルは係りの仕事やらないんだもん。まったくもうだよー」
「――大変」
「ん、そうー。大変だー」
 洗濯をする機械が置いてあるので、より分けたら放り込んで石鹸をいれ、スタートのボタンを押す。なんとなく年季の入ったその機械はめんどくさそうにがこがこ動いた。
 あれ、と思った。サクラがここにいて、ハルとガジュマロは事務作業。レイチェルはおそらく校舎で実験、イツキは話によればフレードリクと大掃除に取り掛かっているのだろう。
「――アリス(姉)は?」
「アリスちゃん?うーん、サクラはご飯の後見てないなー。なんか用―?」
「――いや……何してるのかと思って」
「ああー、そうだねー。何してるのかなー。買出しとか?」
「――アリス(姉)が?」
「あははー、さすがにそれはないねー。なんだろ。掃除班に加わってたりするんじゃないー?」
 一回目の洗濯が終わったので、出して次を入れる。いっぺんに沢山洗えるタイプの機械だが、さすがに量が多いので、十回くらいはがこがこと動かしたと思う。全部洗い上がったので、籠にまとめ、洗濯物干し場へ移動する。サクラも少し前に女子用の方へ重たそうに荷物を抱えていった。
 ……重い。布が水を吸っているので、重さは半端じゃない。洗濯物に重さが軽くなる補助魔法をかけて、ようやっと持ち上がった。それでも重いものは重い。
 一枚ずつ、干していく。ここは手作業なのだ。大変だが、洗う段階を機械がやってくれるだけありがたいと思えとモニカに口を酸っぱくして言われた。終わる頃には昼になっていた。どれだけ溜め込んでいたのやら。

 昼ご飯はアリス(姉)が作ったという。お米のご飯中心のガジュマロ作を最近は多く食べていたからか、パンは久しぶりだ。食材がなくて、敷地近くのマーケットで、いそいで買ってきたものらしい。
 昼過ぎ、ガジュマロとフレードリクは買出しに出かけた。荷物が多くなることを見越した人選だ。僕はフレードリクに掃除道具を押し付けられた。「掃除がまだなんです、あとは頼みました!」「アリス(弟)、頑張るよ!」イツキにもそう言われ、二人で残っているという、寮二階部分の掃除に取り掛かった。二階には食堂とキッチンがある。キッチンの方は、ガジュマロがわりと綺麗にしているようだったので、まずは食堂から。
 木でできた床を、箒ではいていき、後ろからイツキがモップを持って拭いていく。驚くほど塵、おそらく食べこぼしなんかもあったのだろう。汚れが結構あって驚いた。
 そのかわり、キッチンはあまり汚れていなかった。ガジュマロがいかに毎日綺麗にしているのかが分かる。
「ふう、終わったね。おれ、片付けやるよ。お疲れ様」
「――ありがとう」
 掃除用具一式を抱えてイツキはロビーを出て脇の倉庫に仕舞いにいった。
 入れ違いでサクラが入ってきた。
「あ、イツキこんなとこにいた。探してたんだからー」
「ごめん。あとで聞くね、ちょっと待ってて」
「アリス(弟)も掃除してたのー?」
「――うん」
「そうかー、だから部屋にいなかったのかー。二階にいたんだ」
「――サクラは何を?」
 言葉を発して気がついた。なんで僕から話しかけているんだ?
「校舎で呪符作ってみてたー。イツキともっかいやりに行く予定ー」
「――そう」
「あ、ハルも校舎にいたよ。実験室で魔法薬の研究かなー?」
「――レイチェルは?」
「え?居ないけどー。探してるの?」
「――いや、実験室にいるんだと思ってたから」
「アリスちゃんと話があるって朝言ってたよー?それじゃない?」
「――そう」
 昨晩言っていたことの相談かもしれないな。
「ごめん、サクラ。なに?」
 イツキがばたばた、という感じで入ってきた。
「呪符を作るのー。手伝ってー」
「あ、うん。分かった。多目的ルーム?」
「そうだよー。はい、早く行くよー」
「分かった。あ、アリス(弟)、お疲れ」
「――うん」

 さて、手が空いてしまった。そうだ。部屋に読みかけの魔道書があったんだ。少し読み進めておこうかな。
 個人棟へ入る。すぐ脇の掲示板を見ると、いろいろな紙がごちゃごちゃと貼ってあった朝とは違い、大きめの紙に丁寧にまとめてあった。ハルの字で、相変わらずがたがたしている。隅には標準のサイズの紙にみんなからの疑問点がまとめられていた。こちらは書いたのはガジュマロのようだ。綺麗だが、繊細な感じではなく、男性的な字だ。すごくすっきりして見やすくなった。
 レイチェルの部屋の札は表で、在室であることが分かった。さて、アリス(姉)は、と思ったとき、雷鳴が遠くに聞こえた。洗濯物。女子の分は……サクラは多目的ルームだ。もしかしたら気がついていないかもしれないし、校舎は遠い。とりあえず、レイチェルを呼ぶことにする。
 ノックをすると割合すぐに開いた。
「――雷」
「洗濯物はまだ干してあるんですね。サクラは出ていますか」
「――多目的ルームで呪符を作ってる」
「あら、それでは気がつかないかもしれませんね。アリス(姉)?」
 一瞬自分のことかと思ったが、レイチェルは部屋を振り返っている。
「すみませんが、洗濯物を取り込んできます」
「あ、私も手伝うよ」
 アリス(姉)の声がして、すぐに部屋から出てきた。
「――話、してた?」
「洗濯物を雨から守る方が大事に決まってるじゃない」
「寮に男性はアリス(弟)だけですか?」
「――うん」
「それは大変だね」
「まあ、男女別れていますので仕方ないでしょう」
 ぱたぱたと小走りで洗濯物干し場へ急ぐ。途中で二人とは別れた。急ぎ目でロープから服を下ろし、籠へ放り込んでいく。
「あ、アリス(弟)がいたんですね。良かった」
「――フレードリク」
「雷鳴ったので慌てて戻って来たんですよ。幸い買い物は全部済んでいましたから。ガジュマロは品物を整理しています」
 取り込み終わった洗濯物はフレードリクが持ってくれた。何も持たないのはなんとなく居心地が悪いが、多分これくらいの洗濯物はフレードリクにとって重さなど感じないくらいの軽さなのだろう。小走りで屋根のある洗濯場へ入っていく。
「ふう、間に合いましたね」
「――ありがとう」
「いえ、いいんですよ」
「良かったね、間に合って」
「男子は、分別はどこでやりますか?」
 ここの分別とは、個人別に洗濯物を分けていく作業のことだ。僕らは自分のものに名前を書き込んでいる。洗濯の作業効率向上のためだ。
「女子はここでやりますか?」
「そうですね。ロビーで今ガジュマロが仕事をしているようですので」
「では、男子分はロビーで分けますね。行きましょうか、アリス(弟)」
「――分かった」
 ハルの冠頭衣、ガジュマロのツナギ。フレードリクの白く襟の大きな伝統服、イツキも伝統の服を愛用しているなと、割合どうでもいいことを考えながらさくさく分けていく。
 分別できたら、一人一人違う袋に入れて、部屋のドアノブにかけておく。
 なんだか、今日は本当に、調べものもしていないし、久しぶりに休暇という感じがする。

 翌日、図書館で、サクラはいつも通り、柔らかい表情をたやすことなく書物をしていた。それを見てちょっとだけ焦りが消えるのを感じた。





ゴールはまだまだ先。……本当にずっと先のようだ。





be continued