入学式は冬の真ん中にある。



 ―― 一学年目 ――


[毎日日記を]



 祝月の十六日。今日は魔法使い養成学校国家認定コースの入学式にあたっている。俺は前の月の十五日に前課程を卒業した。その翌日から昨日まで、三十日間の冬休暇があるのだが、俺は実家には帰らず、卒業式の日のうちにさして多くない荷物をまとめ、次の日には専用の寮に入った。今まで俺は男子寮の三人部屋に居を置いていたのだが、国家認定コースのためのスペースには広大な土地が使われていておまけに生徒はたった十五人なので、寮の部屋も個室だそうだ。まだ場所なんかは決まってないので適当に一つを使わせてもらっている。今日部屋決めがあって変わるかもしれないので、また荷物はまとめた。
 もういつだか忘れるくらい前から続けている早朝のトレーニングをさくっとこなし、寮を入ってすぐのロビーにあるソファに座って、特製の運動後専用ドリンクをぐびぐび飲みながら、誰かが定期的に届けている首都新聞を特に興味もなく適当に眺めた。
 今日から学校が始まるので、今はまだ欠けているが、近いうちに十五人間違いなく揃うだろう。

 寮は人数相応に小さかった。一階にロビーがあり、奥には倉庫がある。ロビーへ降りている立派な階段を上ると、小さくはないが居心地が悪くなるほど大きくはない食堂がある。奥に調理場もある。冬休暇の間は勝手に使って調理し、食べた。ロビーにはドアが入口のほかにもうふたつ存在し、ひとつは担任の先生の部屋で、もうひとつは、その先に短い渡り廊下があって、個人の部屋が並ぶ棟がある。

 明るい話し声と共に、階段からサクラとイツキが降りてきた。彼らの住む地は遠い。船と列車の都合で一昨日から居る。イツキは手に素朴なパンを持っていてもぐもぐやっている。よく見たらパンは俺が作り置きしたやつだ。サクラはすごく危なげな足取りで、ふらふらしているくせにしっかり階段を踏みしめて降りてきている。
 二人は俺に気づくと明るく「おはよう」とにこにこしながら言った。返事を返す。ついでにイツキにパンが俺製であることを告げる。
 あっ、そうなのか。ごめん、美味しそうでつい」と言ってイツキはへらっと笑った。
「俺の朝食……」俺はそう言い、サクラはイツキの二の腕の辺りをぺしっと叩いて。
「ほらー、絶対誰かのだって言ったじゃない」
 サクラに追い打ちをかけられてイツキはしゅんとなる。
「あ、いや、別にまた作ればいいし、食べてもいいけど。美味しいって思ってもらえて嬉しいし」
 フォローする。――前課程の時は同じクラスじゃなかったし、あんま仲良くないし……。嘘ではなく事実ではあるが。作った食べ物を美味しいと言ってもらえれば、作ったかいもあるというものだ。


「入学式、体育館だよね」
 唐突に飛び込んできた、静かな女子の声。サクラより低くて落ち着いた音。
 声の方を見るとライラがいた。サクラとイツキよりはすこし付き合いが深い彼女も、実家である北方大陸には帰らず、首都で冬休暇を過ごしていた。理由は『実家のある街は寒いから』。北方大陸は夏の時期も寒いと聞くが、俺の想像力が欠けているのか、今ひとつピンとこなかった。
「朝食後だよ〜」
「当番決まってないし自分で作らないとだね」
「イツキはガジュマロくんが作ったのを勝手に食べちゃったんじゃない」
「だって美味しそうだったから!ガジュマロ、ほんとごめん」
「あ、いや別にいいよ」

 ふと新聞記事に目がとまった。【魔法使い養成学校生 海賊退治!】そんな見出しだった。
 内容は大雑把に書かれていたが、[エルフィン大陸発、首都大陸着の船が四日前に海賊に襲われて、そいつらを魔法使い養成学校生が退治した]というものだった。その魔法使い養成学校生はエルフィン大陸では基本服である簡易の神官兵の服を着た男女、らしい。ぽわっと頭に一組の男女が思い浮かんだ。そんな奴らを俺は知っている気がする。

 ばたんと扉が開き、隙間から少女が倒れ伏した。背負った荷物に潰されているようにも見える。
「ああっ、レイチェル!しっかり!後ちょっとだよ!いや、今日はまだまだ続くけど――」
「…………」
「レイチェル!?寝ないで、起きてっ!頑張って!」
 少女――レイチェルの連れの少年がすごい叫んでいる。簡易の神官兵の服を着た二人を、前課程の時から顔も名前もよく知っている。二人が有名だったこともあるが、レイチェルとは同じクラスで、少年の方、ハルとはリーダー仲間だったからでもあった。

 リーダーと、言っても俺がすごく頭がいいわけではない。前課程の時のリーダーは、雑用係みたいなもんで、結構適当に決められている。「――ねて、ないわ」
 すごく嘘くさい台詞がレイチェルから帰ってきた。
 ライラがレイチェルから荷物をはぎ取り、「とりあえずどこかの部屋に入れておくから」と、ハルからも荷物を受け取って個室がある棟へと消えた。

 そのとき。最高に最悪なタイミングで――フレードリクがドアを開けて入ってきた。
 ものすごい速度でハルが立ち上がる。
「おっ、おはよう、久しぶり、フレードリク」
「うわ、お久しぶりですハル。なんでこんなドア前に突っ立っているんですか?」
 足元のレイチェルには気がついていない。この調子だ!俺はサクラ及びイツキとともにできる限りの速度で階段の影に身を潜めた。ちなみにサクラはイツキが運搬した。
「それにしても疲れました。列車が遅れてしまって。まあ、よくあることですけど。食堂どこです?なにかありまっぎゃあ!」
 うわああああ。俺ら三人とハルはびしっと固まった。ミッション失敗。
 フレードリクが彼視点では、あくまで彼視点では、寝っ転がっているレイチェルにつまずいたのだ。
 フレードリクは伏しているレイチェルと、ついでにハルの首筋を引っ掴んで、持ち上げた。女子のレイチェルはともかくハルはフレードリクより背が少しとはいえ高いのに!
「なんで、こんなところに寝ているんですかっ、レイチェル!」
「お?あ、フレードリクじゃない、久しぶり。元気だった?」
「うわー!わああ――っ!俺は無罪!無罪です!何もしてません――っ!!」
 春まっただ中の朗らかさから一転、真冬のブリザードが吹き抜ける。今は寒い時期だが、きっと外より吹きすさんでいるに違いない!<
 礼儀作法にうるさいフレードリクの前で、床に寝そべっていた――正しくは倒れていた、だが――レイチェル。二人は違うクラスで接点もなかっただろうに……。いきなりキレたフレードリクもそうだが、それに一歩も動じず、けろっと片手を上げて挨拶したりしているレイチェルもおかしい。同刑にされているハルは真っ青な顔の前でぶんぶん手を横にふり、叫んでいるのに。
 フレードリクとハルについてはあっちが有名人だったので噂程度に知っている程度だが、レイチェルは今まで同じクラスであったこともあり、知っている。彼女は、どんな事象にも動じない。永久に氷ついた地のように、風も吹かず音もしない。静かに対処する。でなければ受け流す。俺たちの世界のひとつ上の階の世界から俺たちの世界を眺めているような印象の少女であった。いまも、フレードリクをのらりくらりとやり過ごしている。ハルはというと、騒ぎながら言い訳をしていて、それが一層レイチェルが浮き世離れしているさまを引き立てていた。

「入口で何騒いでるの?」
 優しく葉が茂る季節のような暖かい少女の声が外から響いた。
 外には白に限りなく近い髪の色の少女と、彼女の影のような存在感の薄い、二人分の荷物を持った少年が立っていた。
 救世主!!俺とサクラとイツキは無声で叫んだ。
「モニカ!久しぶりです!」
 フレードリクがぼとぼとっとレイチェル及びハルをその場に落として振り返った。
 モニカとフレードリクは恋人と呼ばれる仲だ。結構仲が良いことで有名だった。振り返ったフレードリクの顔はおそらく笑顔だろう。
「あ、きみ、冬休暇にあたしの家に遊びに来るっていったのに来なかったでしょ!」
「すみませんっ!北方大陸にはやはりちょっと近づけなかったといいますか、その、ですね」
「言い訳は聞かないっ」
「うぅ……」
「アリスなんてここまで荷物を持ってくれたんだよっ」
 二人分の荷物を持った少年、アリス。家のない彼とその姉を冬休暇の間、自分の家に招いていたことは知っている。沈黙がデフォルトの彼は、フレードリクにモニカの荷物を差し出して、ふわっと漂うように個室棟の方へ消えた。
「冬休暇の間、どこにいたの〜っ」
「うぅ、すいません、イートンの」
 と、前課程時のクラスメイトの名前を出し。
「イートンの実家に身を寄せさせてもらってました」
「もぉっ、なんでなんでっ!なんであたしの家じゃないの――っ!」


 なんて、痴話喧嘩を始める二人を見るとふとやるせない気持ちになる。
 俺たちも、ああなることは出来なかったのかと。


 俺には前課程の時、付き合っていた娘がいた。
 基本学校を卒業して魔法使い養成学校に進学が決まったとき、同じ基本学校からの進学者がいた。それが彼女だった。
 彼女はずっと俺のことが好きだったと言った。一般に男子よりも女子の方がそういうことに興味を持つのが早いと言われているらしいが、俺もその質で、恋愛とかそういうことはよくわからなかったし興味もなかった。基本学校の卒業式に告白されて、別に断る理由もないな、と思って了承の返事をした。八方美人だったのだ。
 付き合い始めて、彼女は嬉しそうによく笑った。好意を向けられれば興味はなくとも好感は抱くもので、嫌いかと聞かれれば、いや好きである、と答えられるような、そんな関係だった。
 俺は成績のほうはというと良くなかったがフィールドワークは得意だった。実践形式でのテストなどあると必ずいい結果を残した。彼女も成績は良くなかった。
 それはこのコミュニティでの話で、きっともっと広い視野で見れば彼女は頭が良かったのだろう。しかし言い訳をしてみても後から考えたIFの話で、実際はどうにもならなかった。彼女は最終試験に合格できなかった。そして俺は合格した。
 彼女の実家は首都からは遠すぎた。また、彼女が首都に住み続けることも経済的な理由やなんかがあって不可能だった。彼女は遠距離でもいいから恋人関係でいたいと言ったが、俺は無理だなと思った。彼女が嫌いなわけでもなかったけれど、恋人ではいられない、そう言って断った。なんとなく付き合ってなんとなく別れたなんて最低だな、と思ったけど、でも、と言葉を重ねてもうまい表現は出てこなかった。
 だって、俺は未だに恋愛に興味がなかったのだから。
 それより、緻密に作られたトラップを解除していたりなんかする方がよほど楽しかった。俺はきっと冒険好きの子供のままなのだろうな、そんなふうに思って、結局彼女を見送りにも行かなかった。


 モニカとフレードリクの痴話喧嘩は再び扉が開いてセルゲイとアレクサンドラが入ってくるまで続いた。
 アレクサンドラの分まで荷物を持っている――いやあの二人の場合『持たされている』の表現が正しいに違いないセルゲイと、いつも通りの深い青のロングドレスのアレクサンドラはどう見てもお嬢様と使いっぱしりだったが、二人の関係はというと家が隣の幼馴染だった。少女漫画はもちろん、少年漫画でもよく見かけるようなときめきあふれる関係だが、残念ながら二人はときめき溢れていないのだった。両者ともにそういうときめきあふれた幼馴染の色恋沙汰が大好きな連中に良く苦情を言われている。ちなみに苦情への返事はいつも相手の小さい頃の失敗談だったりする。なるほど、幼馴染とは、げに怖い生き物だった。幼き日の過ちはきれいさっぱり消し去っておきたいと俺は思う。ついでに言うと、セルゲイとアレクサンドラの可愛らしいエピソードにはお陰様で事欠かない。

 アレクサンドラがモニカとフレードリクを一瞥して。
「フレードリク、荷物を置いてきたら?ドア前で邪魔よ。モニカ、そんな不毛な言い争いをする前に朝食をとるべきだと私は思うわ」
 ざっくり切り捨て、そしてモニカの手を引いてさっさと階上に行ってしまった。残されたフレードリクにセルゲイが荷物を押し付けて、同情するように肩を叩き、荷物を奪い返した。
「えっ、そんだけのためにいったん荷物あずけたの!?」
 ぽつっとイツキが呟いた。

 嵐は去ったので、俺はソファに戻り、特製ドリンクを飲みながら、再び新聞を読む。サクラとイツキは階段で遊んでいる。
 後到着していないのは、と考える。俺とライラは実家に帰らず即刻入寮した。ハーディーガーディー、なんて驚愕の名前の――彼の故郷では普通らしいが――と体が弱いというリラは数日前に入寮した。初めてリラを見たときは驚いたものだ。背丈が小さいのだ。それも常識の範囲を超えて。俺の背が高いからとかそういうんじゃあ言い訳できないほどに。それから一昨日起きたらサクラとイツキが居て、フランクというゴーグルの奴は昨日の遅くに来て。今日はレイチェルとハル。次いでフレードリクにモニカとアリス。その後セルゲイとアレクサンドラ――で十四人。入学者は十五人だからあと一人か。
 そこまで考えたところで「時間だよ、ガジュマロ。体育館に移動しないと入学式、間に合わないよ」とハルに声をかけられて寮から出る。一人来てないが、と思ったけれど、俺はそんなに世話焼きでもなかったらしく、悪いがハルとともに体育館に移動した。

 体育館の入口に、俺たちの出席番号と、その出席番号順に左から一列に並んで待っているように、という旨が綺麗な字で記された紙が剥がれることのないよう、きっちりと貼られていた。
 俺は十四番で、一緒に来たハルは二番だった。
「俺、サブリーダーじゃん。うわ、責任重大」
 なんてぶつぶつ言いながら、ハルは、体育館ステージに向かって左の端へ移動する。その時、ハルが本当は何を思っていたのか、俺は長いこと知らないままだった。張り紙には、成績順に番号が割り振られている、一番左にはリーダーに決まった出席番号一番のレイチェルが立っている。
(やっぱりレイチェル、勉強できるんだな。普段あんなにものぐさなのに。天才ってやつなのだろうか?)
 ぼーっとそんなことを考えていると右から声がかかった。
「出席番号上下よろしく、ガジュマロ」
 イツキがにこにこして手を振っていた。よろしくと手を振り返す。出席番号十五番はイツキのようだ。
 みな、寮から体育館に移動したようだった。先生はまだ来ない。
 静かだった。そのなか、フレードリクがリラに話しかけた声はよく響いた。
「あれ?私、出席番号十番なんですけど、右に四人しかいないような気がするんですが――あなた出席番号十一番ですか?」
「十番っていうとフレードリクくん?」
「あ、はい。そうです。よろしくおねがいしますね」
「私の名前はリラ。よろしくね。残念だけど私の出席番号は十二番だよ。さっき入口で見たけど、十一番はセントエルモさんだったと思う。まだ来ていないんじゃないかな?」
「そうですか、ありがとうございます。でも、もうすぐ式が始まるのに到着していないのは少し心配ですね」


 かつ。かっつん。かしゃ。かしゃり。がんっ。

 近づいてきた怪奇音。しかも最後の『がんっ』って体育館の扉にあたった音だ。

 がらら。かしゃ、かしゃん。

「わあ、なんでみんなこっち見てんの?」
「いや、がっつんってすげー音したから」
「おお、もしかしてあたし最後?トリ?飛べない鳥?あたし飛びたい。れっつ、ふらい」
「話聞けよ」
「いーち、にー、さーん、し、ごー、ろく、なな、はち、きゅー、じゅう、っと、あたしここかあ」

 かん、かしゃ、かしゃん。

 一番左のレイチェルから指差して十人数えて、十一番目に並んだ。
 彼女を見て、記憶に残らなかった前課程の生徒は、あまりいないんじゃないかと思う。俺も彼女とは違うクラスだったけれど彼女のことは知っている。名前がセントエルモということは先程まで知らなかったが。
 ショートパンツから剥き出しになった足の傷跡と両脇に挟まれた、彼女の体重を支えている、俺が名称を知らない何か。
「セントエルモ、見るからに明らかだけど、ひょっとして杖変えた?」
 ライラが言う。「あ、ライラだ。どこだっけ、四番目位にいた気がする」と言って、ひょい、と左の方を向き「三番目だよ、まああまり変わらないからいいけど」と言ったライラと顔を合わせる。
「そう、新しいのをアリスがくれたの。使いやすくていいよー」
「前は木製だったよね」
「今度のは『あるみ』ってやつで出来てるんだって。すっごく軽いの!アリス、ありがと〜」
「……」
 アリスが何も言わないのはいつも通り。
「前に使ってたやつの方がしっかりしてたようにみえるけど?」
「んー、でも重かったし、これ頼りなさげだけど最先端技術がどうとかそんな感じなんだって!前より安定するよ」
「そうなんだ、よかったね」


 がららら。

「みんな集まってますかー?」
 体育館の扉が開く音と、女の人の声。振り返ると、俺の母親位の年の女の人と、その後ろに三人の若い男の人――緑の長髪のと茶色の短髪のと髪を刈り上げているの――が立っていた。様々な服を着ている。先生たちだろう。
 その後ろにスーツと呼ばれる服――あまり見ないが、お偉いさんはよく着ているらしい――を着た人たちが何人かいた。
 唯一の女の先生は、先程のセントエルモと同じように左端のレイチェルから右端のイツキまで指さして数え。
「よしっ。十五人いますね!」
 満足そうに言って、ステージに登った。残りの先生はステージに向かって右の壁際に並ぶ。
「入学式を始めます!」女の先生が告げた。


 彼女はシェリーという名前で、今期の校長先生だそうだ。自分は研究者コースの出であり、これから大変なこともあるかもしれないけど頑張れという内容を軽く話すとスーツの人たちに場所を譲った。
 スーツの人たちはそれぞれいろいろな言い方をしたが、頑張れという内容を長々と語った。語り終わって彼らが体育館を出ていくと、三人の若い男の先生は緊張が解けたように息をつく。そして急に和やかに話し始めた。

「僕はハインラインです。担任を受け持つことになったのでよろしく。髪の色の緑から分かるかもしれないけど、ガリィーラヴィー大陸の出で、研究者コース卒業です。残り二人も同級生だから出は一緒です。あー、えっと後なにかあるかな?あっ、担当教科は防御魔法と魔法薬、それから総合的学習の時間です。以上かな」
「ハインライン話なげぇよ。俺はクラークです。担当は呪術と召喚魔法。あんまり受講者いないだろうけど、よろしくね」
「私はアシモフという名前で、担当は攻撃魔法と武術です。武術はみんなに一通り教える決まりだから、みんなと関わるね、よろしく」
 それから校長先生がステージから降りてきた。
「さっきも言いましたが、校長のシェリーです。いやあ、お偉いさんと一緒の仕事はやっぱり肩こるねっ。担当教科は補助魔法と回復魔法です。補助はわりと多くの子が受講するかな?と思うのでよろしく。回復魔法は結構才能に左右されちゃうからねー、得意な子しかこないかな?私は校長だし年齢もすごく上だけど、まあ名ばかりみたいなもんだから、構えず話しかけたりしてね!人生相談にも乗れるよー。よろしくね」


 それから、いろいろ決めたりすることがあるので、食堂に再集合した。
 シェリー校長は、調理場に置かれていた黒板をせっせと食堂へ移すと、茶色の肩までの無造作な癖っ毛を後ろでひとつにくくって、大きく息をついた。
「いやあ、やっぱり寄る年波にはかなわないなあ。これから、労働は若者にやらせよう、決定」
 そんなことを言いながら、黒板に必要事項を書き込んでゆく。


[部屋割り][係りローテーション]

 それから、[授業選択]


 ハインライン先生がその前に、と、小さいかごを持ってきて、名札が入っているので自分のものを取るように言った。
 小さい板に個々人の母国語と共通言語の二ヶ国言語で名前が綺麗な字で書き込まれている、手作りのものだった。
 【ガジュマロ】と書かれたやつを取って、後ろにつけてあるピンで服に付ける。
 部屋割りについての話し合いは少しもたついた。一列に並んだ部屋を、出席番号順で並ぶか、男女別れて並ぶかで意見が割れたが、最終的には出席番号順でロビーに近いほうから一番〜十五番と並ぶことになった。
 係は、[洗濯][掃除][食事]にそれぞれ二人ずつ。これも出席番号を活用し、男女一人ずつということで話はついた。


 みんなで話し合うのはここまでで、授業選択は自由だ。
 先生たちからそれぞれ授業について説明を受ける。
 前課程とは違って、完全に『得意な授業』『自分に必要な授業』だけを受講するらしい。また、『ハイレベルコース』と『スタンダードコース』の授業レベルの違いがあるそうだ。希望表を前に、みんなでうんうん唸る。

 隣に座ったセントエルモが声をかけてきた。
「ちょっと失礼」
 そう言って、俺の服を引っ張って名札を確認した。
「ガジュマロかあ、いい名前だねっ。妖精が住んでるっていわれる木に、ちなんでいるの?」
「さあ……」
「しょくぶつかい、ひししょくぶつもん、そうしようしょくぶつこう、いらくさもく、くわか、いちじくぞく、がじゅまる。
 からではないかと思うんだけどどうでしょうかっ」
「いや知らないけど」
 いきなりなんだ。
「ええと、セントエルモ、で合ってるよな?」
「うん」
「本題はなんだ?」
「おお、ストレートにくるね。いやあ、授業どうしようか、迷ってて。ガジュマロはどうする予定?」
「俺は武術得意だからそれは決まりで」
「ん?武術って全員必修じゃなかった?」
「ああ、ハイレベルにするって意味で。あとは得意じゃないけど魔法薬もハイレベルにしておこうかなと」
「ほうほう」
「以上仮決定」
「ごめん、参考にならなかった!」

 ……疲れた。


 ううむ。防御魔法は入れておきたいけれど、散々たる実力だしな。もう一度言うと俺、十四位だし……。攻撃魔法と補助魔法のスタンダード取ってなんとかしがみついておこうか。

 全員が希望表を出したところで、それをまとめるためにシェリー校長が出ていった。
 その時に、三人の先生が顔を合わせて、笑い――そう、にっ、って感じに――。一冊のノートを取り出した。

 それはA5サイズより少しだけ大きくて、ハインライン先生の髪の色に似た、淡いエメラルドグリーンの、分厚いノートだった。ハインライン先生は一ページ目を開いて笑顔で言った。


「名前を呼ばれたら返事をしてください」

「出席を取ります!」


「レイチェルさん」「……?はい」「ハルくん」「はい」――中略――「ガジュマロくん」「はい」「イツキくん」「はい!」

 それから、ぱたっと閉じて、一番近くに座っていた俺にそのノートを差し出す。
 つい手に取った俺にハインライン先生は言う。

「それに毎日日記を書いて。日毎に交代で三年間ずっと書いてね。
 未来にそれを見返して、素晴らしい三年間だったと思えるように。その三年間を、思い出せるように――」





 一月 十六日 マリキュールの休日

 記録者 Gajumaro



 ――ということでこれを書いている。

 今日は入学式が執り行われた。

 やたらお偉いさんの話が長かった。なんであんな長いんだ?



 明日から授業だ。正直ついていけるだろうか……。心配だ。



 そういえば今日は夜カードゲームをした。五枚のカードで強弱を争うやつ。結構楽しかった。



 俺、攻撃、補助のスタンダードと武術、魔法薬のハイレベルの授業取りました。

 はっきり言ってできない方なので、一緒の人よろしく。



 フィールドワークがわりと得意なんで実技ではなんとかついていきたいです。

 背と力は有り余ってるんでなんか助けになれるときは呼んでください。



 ええと、これからよろしくお願いします。





つぎー