みんなは十五歳。これから十六歳。
―― 一学年目 ――
[初めての授業日]
今日は初めての授業日です。授業は午前に一コマ、午後に二コマ、それぞれ九十分ずつ。月の日、一限は総合的学習。担当はハインライン先生で必修の授業です。
その一日は、まず早朝。食事係のレイチェルが起きてこなかったことから始まりました。
あたしは弟妹が七人もいます。その面倒を見たりしていたので、朝は早起きな方です。
水が飲みたかったので、調理場へ行ったら、ハルが一人で入口から覗いていたのです。
「な……なにしてるの、ハル?」
声をかけたらハルは飛び上がったあと、うなだれました。
「レイチェルが来なくて……」
今日の食事係はハルとレイチェルなのです。
係は、男女別出席番号順、男女ペアで機械的に割り振られていて、出席番号一番で女子のレイチェルと出席番号二番で男子のハルは当然ながら同ペアです。あたしも実は今日洗濯係に任命されています。あたしのペア相手はアリスです。しかしまあ、洗濯係は一緒に仕事をすることはなく、それぞれ、男子は男子の、女子は女子の洗濯を任されています。七ないし八人分の洗濯をすることになっていますが、あたしは慣れているのでなんてことはありません。
「レイチェル、起こしてこようか?」
ハルとは、前課程でリーダー仲間だったので、気軽にあたしはそう言いました。だって、まさかレイチェルがあんななんて思いませんでしたから――!
「お願いします」
ぺこっと頭を下げるハルに手を振って私は個室棟へと戻りました。
レイチェルの部屋は一番ロビーに近いここです。ハインライン先生によって丁寧に作られたネームプレートがかかっています。綺麗な字で読みやすく各人が産まれた現地語での綴りと共通語での読みが記され、間違いなくレイチェルの部屋だと主張しています。
あたしは扉を五回叩きました。『こんこんこんこんこん』耳を澄ませましたが部屋からはなんの音も帰ってきません。もう一回、強めに『どんどんどんどんどん』、部屋は――無音。後ろをすっと通り過ぎたアリスの小さな足音まで聞こえたのに、部屋から音がしないのはおかしい。
悪いかなって思ったけど、何かあったのかと思って、あたしはレイチェルの部屋のドアを開けました。そうしたら、レイチェルはすごく静かにベッドに伏していました。ただ寝ているだけと、その時の私は思わなかった。だって、戸をあれだけ叩いて起きないなんてありえないと思いましたから。だからまず初めにあたしがしたことは脈の確認でした。
そうこうしているとき、開けっ放しの戸の外をガジュマロが通りました。ロビーの方から来たからきっとトレーニングの帰りでしょう。ちらっとこっちを、つまり女の子の部屋を覗いたガジュマロはどうかと思うけれど、その時ガジュマロが覗かなければ対処法は出なかったでしょう。
「レイチェル、やっぱり起きないのか?」
「ああ、うんと、そうなのかな」
「食事係だったなと思って」
「そうそう。ハルが困ってたから起こしてきてあげるよーって」
「レイチェル、異常に寝起き悪いよ」
「ええ――っ、困ったなあ。どうしよ」
「すごい揺さぶらないと起きないって聞いたけど」
「嘘―。むう、やってみようっ」
肩をつかんで、ゆさゆさしてみました。――お、起きない……。
「あのう、ガジュマロさん。起きないですが」
「俺も話を聞いただけだからなあ」
「ていうかなんで知ってるの?」
「同じクラスだったし、俺、リーダーだったからだけど……」
「それよりなんでレイチェル起きないのよ――ぅ」
ゆさゆさ。……起床の気配すらありません。
「もうっ。どうすれば――あっ、ガジュマロがやってみてよ!」
「ええっ?」
「あたしより力あるじゃん。ものは試しだよ。ただしっ!触っていいのは肩だけだからねっ。それ以外の場所を触ったら即刻制裁が加えられるので肝に命ずるように!」
「なんで無理やりやらされる人助けで脅されてるんだよ」
「まあまあ、ささっ、早く。ハルが待ってるし、果てはみんなのためだよ」
ガジュマロがゆさゆさしました。――くっ、起きない。
「ガジュマロ、本気で!」
「うーん、まあとりあえず、じゃあ」
ゆさゆさが、がっくんがっくんに進化し、通りすがりで部屋に入ってきたリラがレイチェルに飛び乗ったところで、レイチェルは目を覚ましました。
「起きた!」
「噂は本当だったのか……疲れた」
「ふふー。おはよー、レイチェル」
「おはよう、リラ、モニカ……とガジュマロ?なんでいるのかしら……?」
レイチェルは結構非力なので、体重が十キロに届いてなさそうなリラですら体からどかせず、どかす気もないのか、そのままで挨拶しました。あたしはリラを持ち上げてレイチェルを起き上がらせ、そうしてやっと、レイチェルを食事係に向かわすことができました。はあ、疲れた。
さて、朝食が済んだら、いよいよ授業です。新しくおろしたばかりのノートと筆記用具を胸に抱いて、寮から校舎へ移動します。いっぱいの教室がありましたが、入口に、綺麗に書かれた校舎見取り図が書かれた紙が、丁寧に張り付けられていました。きっとハインライン先生が作ったのでしょう。すごくまめな先生だと思います。
座学に使う部屋は一番手前の部屋が指定されていましたので、そこへ向かいますと、またも入口に『席は自由』と丁寧な字で書かれた紙が貼ってありました。
前から二番目の真ん中の席に座りました。
魔法の仕組みについて、軽く説明させてください。
この世界はすべて『分子』によって構成されていることはご存知でしょうか。
『分子』は、六つの属性を帯びているんです。それで、魔法の足組みをつくるのです。
属性を感じ取り、『言うことをきかせる』ことができれば足組みは誰にでも作れます。
すごく単純で、すごく難しいのです。
世界を感じ、自らが世界の一部であることを知らしめ、世界を動かすのです。
半年も練習すればだいたいの生徒ができるようになります。
そうしてできた足組みに、魔力を送ります。ボールを投げ込む感じが近いでしょうか。ぽーんっと適正量の魔力を送り、決まった発動呪文を言うのです。
呪文は実はあまり意味はなくて、自己暗示的な要素が多いんです。
発動させるときには、足組みを壊すので。何事も作るのは簡単で壊すのは大変なのです。
まあ難しいことなので、さっと読み飛ばしてやってください。
ハインライン先生と、あれ?四人の先生みんなが教室に入ってきました。
「今日は自己紹介をしようかと思ったんだ。はじめての授業だし、やっぱりそこからかなと思って。ええと、みんな居るよね?早速さぼっちゃった子とか居ないよね?あ、あと校舎内の造り分かった?見取り図を書いておいたんだけど。結構広いから迷うといけないからね。ああそれから席順はどうしようかも決める?自由でいいかと思ったんだけど。係の仕事もできそう?なんなら人数を増やしたりとか」
「だからお前は話が長い!」
ばこっとクラーク先生がハインライン先生を叩きました。うん。正論。ハルがきっぱりと言います。
「さぼりがいたらフレードリクが制裁を加えていると思います。見取り図のおかげで迷うことはなさそうです。席は自由でいいんじゃないかと。係はなんとかやってゆけそうです。自己紹介を始めましょう、先生」
出席番号は楽をしたいレイチェルにとって最高の武器らしく、自己紹介の順番も出席番号順に決まりました。
「レイチェルと申します。家の者の意向により、基本服の簡易神官服と寝間着しか所持が許されていないので、それから簡易神官服が嫌いなので、寝間着を着ていますが、気になさらないでください。以上」
完全な無表情で、チュニックの上着とズボンのパジャマを着た、全体的に暗い色の印象の彼女は面倒臭そうに言いました。こんなに長く喋ってるのは初めて見たかも。フレードリクに着替えろって言われてたから?
「ハル、です。ええと、なに言えばいいのかな、こういうの。うーん。攻撃系が得意です。よろしくお願いします」
賢そうな、実に成績に見合った顔立ちの、背だけはやたら高い、……ええと、服は説明が難しいです。アンダーは黒です。その上にかぶる感じの両脇のあいた、細長い布地で出来ている薄茶の服を着ています。そんな彼がそそくさ座りました。
「ええと、名前はライラです。北方大陸の北の街の出で、そこ、すっごい寒いところなんです。……よろしくお願いします」
確かに北方大陸は、寒――い!ライラは、眼鏡が印象的です。同じ北方大陸の伝統服を着ているんだけど、あたしとはだいぶ違う服。いろんな種類あるんだ――。
「セルゲイです。アレクサンドラとは幼馴染だけど、まじ色恋沙汰とか、なんもないんで。ああ、よく言われるんだけど、ほんと、ないから。よろしく」
Tシャツにジーンズ、ジャケットの短髪の肌の黒い元気そうな人です。両手首のブレスレットは魔力を感じるので魔法加工物でしょう。何に作用しているのかちょっとわからないですけど。
「――アリス……です」
姉と全く同じ格好の、ただし雰囲気は真逆の彼は、立ち上がって、しばらくしてから声を発しました。彼が喋るのは珍しいことです。
「モニカといいます!結構家事得意なんで、困ったことあったら手伝うからね。よろしく!」
あたしについては割愛――。
「ええと、名前なんですけど、よく変って言われるんですが……産まれ故郷ではわりと普通なんです。ハーディーガーディーっていいます。今は首都大陸に住んでます。産まれたのはジャングルの中とかもうそんなとこです。よ、よろしくでいいのかな?」
名前だけではなく、何から何まで変わった格好。ジャングルの中ってそんなに変わってるんでしょうか。行ってみたいかも。
「アレクサンドラです。さっきセルゲイの自己紹介に出ましたけど、あいつと色恋沙汰とか、こっちが願い下げなんで!もうほんと!そんなわけで、三年間よろしく」
アンティークな濃紺のワンピースの、肌の黒い綺麗な女の子です。ハーフアップにされた綺麗な髪は羨ましい限りです。お姫様みたいっ!噂では親御さんが政治家だとか。
「えええ、そんなことないよ、セルゲイくんとアレクサンドラさん、仲いいんだよ!だってサクラもイツキと幼馴染だけどイツキのこと好きだよー。あっ、でも確かに彼氏とかではないな――。ないなー。サクラはサクラといいます。よろしくねー」
ぽわっとした雰囲気の子です。根元はオレンジで毛先に行くにしたがって色が薄くなっている髪はすごくすごくもうびっくりするほど長いです。
「フレードリクと申します。私はモニカのことを愛していますけれど、幼馴染ではないです。……残念です。三年間よろしくお願い致します」
品がある伝統の服とひとつくくりにされた金の髪は、完璧に良い家の跡取りって感じで、実際そうだったんだけど、勘当されたとか。あといろいろと見た目に騙される人です……。でも大好きっ!
「セントエルモです。昨日言われたんだけど、歩いたりするのに支障はあんまりないので。でも走るときは誰か担いでもらえると嬉しかったりしちゃう。よろしく」
昨日、最後に体育館に入ってきた杖を持った子です。空を飛ぼうとして崖から落ちたとか、果てしなく理解不能な方向に行動力のある、なにかと有名な子です。あと、隠れナイスボディライン。
「リラです。ちょっと、椅子に乗るから待って。……よし、みんな見えてる?ごめん、私背が低いから。私も走るときは誰か持ってくれると嬉しいかも。ふふー。よろしくねー」
この上なく小柄な女の子です。公園とかに行くと子供にまぎれます。いつも可愛い服を着てるので、ちょっといいなあって思ってます。
「フランクっす。よろしく!……あ、俺の部屋、絵の具臭いけど、大目に見てくれると嬉しいっす」
特筆する所のないかなり地味な、けどすっごい明るい人です。絵の具云々と言っていましたが、彼の絵はすごい上手いです。
「ガジュマロです。よろしく」
ツナギと帽子がトレードマークのとにかく頼りになる人です。ただ、今朝レイチェルの部屋を覗いたのはなぜかを後で問い詰めようと思います。……まあ、偶然でしょうけど。
「イツキです。まさか合格できるとは!って感じ!一生懸命ついていくんでよろしく!」
髪も服も黒の、背の高い、大きな犬っぽい子です。イツキとサクラが一緒にいるところは実に和みます。実はちょっとかっこいいんじゃ?と思います。……いや、あたしはフレードリク一筋です。
「よし、じゃあ、先生たちも自己紹介するね。昨日も言ったけど、私はシェリー。実は娘が一人いるの。基本学校の三年次ね。でもイラストレーターになりたいって言ってるわ。魔法には興味ないみたい。自宅から、かよいで来てるから、夜に悪さしないこと!夜中にあなたたちを叱りに来られるのはなんかいやでしょ?五回先生をやったことがあるので、経験を活かせたらと思うわ。よろしくね」
お母さんくらいの年齢の割に、天真爛漫な感じの先生です。
「ええっ、次僕!?ううん、担任になりました、ハインラインです。寮に泊まっているので、なにかあったら頼ってくれたら嬉しいです。はい次お願いっ」
実にマメそうな先生です。ガリィーラヴィー大陸の出じゃないあたしからすると、緑の長い髪はほんとに不思議。
「お前こんな時だけ早いな。俺はクラークで……って昨日言った以上のことはもうないっすけど、シェリー校長」
「あら、そう?アシモフくんは?」
「私も特には……」
「まあ。じゃあね、教諭たちも名札をつけたらわかりやすいんじゃないかって私思ったのよ。それで、作ってきたの。はい、これ」
別にもう名前覚えましたけど。むしろ生徒側の名前も完璧ですけど。
シェリー校長から名札を受け取った三人の先生が複雑な顔をしました。理由は校長の胸を見たら明らかでした。
校長のニットの胸にピンで留められた名札は、薄い綺麗な長方形の木製で角が丸くふちどりされ、二ヶ国言語で個々人の名前が綺麗に綴られたハインライン先生製とはだいぶ違い、新聞の間に挟まれていた広告の紙で出来ていると思われる、がたがたの四角の形をしたそれで、文字は丁寧でしたが綺麗とは言い難い筆跡でした。
「頑張って作ったのよ!」
と言う校長だが、三人の先生たちは、あの先生工作壊滅的なのかと、そういうこの場の誰もが思ったことを言っていました。それから、クラーク先生が、先生分もお前が作れとハインライン先生に言いましたが、この校長に言い出せるわけないだろとハインライン先生が言い返して、結局三人ともため息をつき、シェリー校長先生製の名札を胸に留めました。
時間は早かったですが、一限目はそれで終わり。寮棟に戻りました。係りの仕事、洗濯をしなければならないので。
前日のうちに、洗濯物を袋に集めておいています。前課程の時と一緒のシステムなので、困ることもありません。洗濯所には二つの洗濯機が置かれています。機械が洗濯してくれるとはなんて素晴らしいのでしょう!実家にはありませんので、なお感動です。
隣では、その洗濯機(男子)の前では、アリスが洗濯物を選り分けています。洗う順番を冬休暇の間に仕込んだので、その通りにしているようです。うむ。よろしい。
私も女子分を選り分けます。隣にアリスがいますが、アリスなら大丈夫、みたいな感じです。もうなんか女子とあんまり扱いは変わらない感じ。ごめん、アリス。
実家では手洗いなのですが、学校では機械が洗ってくれるのですごく楽に、早く、昼ご飯が出来上がるまでには、高いところに渡したロープに引っ掛けるところまで終わりました。干す場所はさすがに男女別れています。これはさすがにダメ。
ご飯は先生を含めた全員で、二階の食堂に集まって食べます。シェリー校長が、好き嫌いに厳しく、配膳されたものは全て食べるよう言います。
しかし、舐めてもらっては困ります。私たちは伊達に三年間集団行動をしてきてはいないのです。配膳の段階で、苦手なものがある人のところにはその食材は皿にのせていません。食べる量も人に合わせて変えています。そのへんの情報は交換済みなのです!嫌いな食べ物もなく大食漢のイツキの皿にはどさっと、偏食で少食のレイチェルの皿には申し訳程度に食材が乗っています。
食材も、美味しいと思う人に食べてもらったほうがよいと思うのです。
あたしは月曜日の午後の授業は二つとも、とっていません。
二限は呪術ハイレベルなので、よほど呪術が得意な人しかとっていないと思います。かなり才能に左右される教科なので。ちなみにライラとサクラが一位二位を争っています。イツキもかなり得意です。あたしは苦手です。ほとんど発動すらしません。
三限は攻撃魔法スタンダード。こちらをとっていない理由は呪術とは違います。得意だからとっていないのです。ハイレベルの方に出席するとスタンダードは自動で出席不可になるんです。
なので、自室に帰り、机に向かって、ガジュマロから受け取ったエメラルドグリーンのノートを開きました。
――ノートを閉じ、日が傾いてきたので、洗濯所に干してある服をとりこみ、七つの袋に分けて入れ、各個人の部屋、ドアの横に作られている引っ掛けるところに引っ掛けて、今日のお仕事は終わりです。おつかれさまでした!
一月 十七日 月の日
記録者 Monika
今日は初授業日です。
あたしは午後とってないので、授業らしい授業はしてないんですけど、どうでしたか?
明日の人に詳しくは託します。
かかりの仕事も始まりましたね。前より人数がちょっと少ないから大変かも。
結構すぐ次の仕事の日がくるよね。
ところで、ハインライン先生って器用なんだね。シェリー先生の作った名札を見たときすごいそう思ったよ。
それじゃあ、また明日!
be continued