■解説代わりの、ちょっとした町での出来事。
たん、たたん。かたん、たん……。
大陸を覆う、古ぼけた鉄道。心地よい揺れと、耳慣れた音が眠気を誘う。「……ぎは、……き、終……ん、あと、五……で、到……です」ぼそぼそとして聞き取りづらい車掌の声に、ボックス席でまるまっちくなって眠っていた少女ががばっと顔を上げた。
「次は、――駅。終点。あと、五分で、到着です」
少女は耳をそばだてて聞き、荷物の支度をした。御手洗へ行っておく。背中にかかるくらいの真っ直ぐな髪をふたつにきちっと結ったら準備ばっちり。ポシェットを肩から斜めにかけると、小柄な少女の半分はありそうなトランクを持ち上げる。軽くはなさそうだが、持ち慣れているようで、際立って大変そうではない。
ホームに降り立つと、砂っぽい風がびゅうと吹き付けてきた。駅を抜けて見えるのは、大きな岩の山。色は赤い。表面が風化して、風に混ざり、少し空を舞って、地に降り積もる。鉱山収入で成り立っている小さな町だ。夕暮れどきの太陽が一層、地の赤を美しく際立たせている。
さてっ、と声をだして気を引き締めた少女は入国ゲートへと向かう。いくつかの質問に答えて、管理員によって、ぺしぺしと合格のハンコが押された紙にサインをして国へ入る。
彼女の各地での行動はだいたい一緒で、できれば朝、役所もしくはそれに追随する場所へ行く(時間がかかるので朝が良い)、というのがデフォルト。今は夕暮れどきで、役所は当然営業終了。なので、値段が安すぎて危険でなく、不快でなく、かといって高くて今後の路銀に困るほどでもない、ほどほどの宿を探して、部屋に案内されるや、荷物を放り出して、体をまっすぐにしてベッドに横たわった。
「ああ……背骨が伸びる……足も……。幸せ―」
少女はそのまま眠った。
朝ご飯は、宿ではなくて繁華街の露天でバーガーを食べた。いそいで食べて、それからお店の人に役所の場所を聞いて、そこへ向かった。
「移住希望者の名簿はありますか?」
そう、役員の人に尋ねる。
「あったら見せてもらえませんか。もしくはご本人の居場所を教えてもらえませんか?労働のできる人がいいのですが」
役員の人は、うちはそこそこ『良い』町だからね、と言った。移住希望者は少ないけど、とも。
「構いません。一人でもいるなら、私たちの居場所に移り住んでもらいたいんです」
移住希望者が居ても、移住を禁じる地もある。この町の役員の人も嫌々という感じで、一人だけ名を告げた。鉱山で働いているという、十代半ばの男性だという。
「その人は今どちらに!?」
鉱山のどこかだろうねと言った役員の人にありがとうございますと叩きつけるように言って、少女は身を翻した。役所を出て少しして、鉱山の場所が分からないことに気がついた。近くの人に聞くと、町を囲うようにして鉱山はあるという。一番偉い人は、と聞くと大体いつも南側にいるらしい。
お昼時だったので太陽の方が南。せっせと歩いて、汗ばんできた頃、ようやっと鉱山らしい場所に着いた。そばにいた人に、一番偉い人に会いたいというと、ちょっとばかり迷惑そうに、けれど親切にもその人のところに連れていってくれた。
「アーネストという十六歳の方に会いたいのですが」
さっき教わった名前と年齢を言う。西で働いてるよと告げられた。仕事が終わってもなかなか帰らないで遅くまで残っている変わり者だと。
「仕事熱心な方なのですね」
そういうわけではないらしい。ともかく西へ向かう。太陽と一緒に。
西側の鉱山にたどり着く頃は日の落ちる頃で、もうだいぶ働いている人も家路についている頃だった。
「アーネストさんはいらっしゃいますか!」
少し大きな声を出して尋ねると、てっぺんに座っていた、青年にはまだまだ届かない少年が立ち上がって振り返った。
せっせとその人のもとに登ろうとして途中で滑って転んだ。
「わっ……気を付けて、危ないから」
「うう、ありがとうございます」
起き上がって隣に立つ。
「アーネストさんですね!移住希望を提出済みの」
「え?ああ、うん。……でも移住なんかできやしないって分かってるけどね」
「いいえ、移住が認められました。――私の国に」
「……うそ、本当に!?」
「はい、そうです!」
「ええと、あなたは役所の人ですか?」
「違いますよ、それにそんな急にかしこまらなくてもいいです」
「あ、うん。――わあ、本当に移住できるって」
「はい。
Park of Heavenと呼ばれていた地を、ご存知ですか?」
「パーク?知ってるよ。惑星達の原風景っていわれてて、何年か前なんかの攻撃とかで壊滅してPark of Hellって呼ばれるようになったいう」
「私の、故郷です」
「えっ、あ、ごめん」
「構わないです。私は、私たちは、天国を取り戻すためにみんなで頑張っています。そのお手伝いをしてくれませんか?」
「……地球圏にあるんでしょ。旅費がないから、行けないな」
「私が出します」
「悪いよ」
「そのための私とお金ですから」
「事情が聞きたい」
私はすべてを緻密に語った。彼はそうなんだ、と呟いた。
「行く。行かせてほしい」
「ありがとうございます……場所はわかりますか」
「ああ」
「では、さようならです。私はここからもっと南へ列車で移動します。宇宙船はこの近くでは北にある大きな都市にありますよね。駅で、さようならより、ここのほうがロマンチックじゃないですか?」
左を、つまり西の方を指す。
真っ赤な真っ赤な、夕日が沈むところだった。
「これもひとつの原風景じゃないですか」
be continued