ユウキさんの死後、遺されたメモに従って彼女が所持していたコンピュータ類のデータ破棄、電源のストップ……なんかをアルマさんと二人がかりでせかせかやった。家賃の払込とかそれに必要な稼ぐための――コンピュータ上での仕事とか、そんなのはアルマさんのコンピュータに移行させたり、まあとにかく大変な作業……というと少し悲しい――が終わったのは、長かった夏も終わって少し涼しい風が吹き始めた十月のことだった。
 ユウキさんの使っていたベッドを撤去するにはまだ寂しくて、置きっぱなし。白いシーツを上にかけてある。その隣に一人用のソファベッドを買って、自分用に置いた。
 一人では立ち上がれなくて、もう杖で移動できないアルマさんは車椅子に移動手段を変え、たてていたかつかつした音を、からからに変えて、移動している。



 助け合いながらの、二人になってしまった生活。そんな中、もう絶えて久しかったドア・フォンが鳴る――。





 デジタルで開けるのが一般的になりつつある中、この部屋のドアはアナログに開いた。
≪誰……?アルマさんは鍵を持って行ったし……≫
「はい」という小さい声と共に、髪が長くて小柄なたぶん中学生くらいの、古めかしい制服を着た女が顔を出した。
「ユウキとかいうやつに呼ばれて来たんだけど」
 結構……かなりぶっきらぼうにおれは言ったのだが、その女は驚きと少しの喜びを示し、入ってくださいと言った。
≪嘘!もう十月になるのに……この前の人はもうひと月も前になるのに≫
 ぎぃ、と蝶番をきしませながらドアを開け放つ。
「靴は、脱いでください。スリッパを出しますので」
 ドアを閉めて鍵もしめて、まず自分が靴を脱いでそれから側の棚から、味気ないスリッパを出しておれに勧めた。それから奥の部屋を指して。
「奥へ、どうぞ。パイプ椅子があるので、申し訳ないですが自分で広げて座っていてください」
 特に返事はしなかった。その女はぱたぱた忙しそうにやかんを火にかけ始めていた。その脇を通って奥の部屋へ入る。部屋はカーテンがしまっていて暗く、陰気だった。
≪お茶……ととっ、危ない崩れるところだった≫
 ベッドがひとつ。クッションとぬいぐるみがぽこぽこ置かれたソファがひとつ。コンピュータが置かれた机と椅子のセットがひとつ。それから隅に天版がガラスの小さいテーブル。入口すぐ脇に立てかけられたパイプ椅子。

 椅子を広げて適当な場所に座る。すると廊下から、からから音がして、あれ、とかそんな感じの男の声がしたので振り向いた。にこにこして「いらっしゃい」という二十歳くらいの男。
≪あれ、最近手紙出していないけど、うーん、誰か残っていたかなあ≫
≪お湯、沸いた≫
 からからの音の正体は奴が乗っている車椅子のもので、膝の上にはスーパーの袋、中身はカラフル。女が袋を受け取って礼を言っている。
 男のからからの後を追って女がカップを手にととと、とリビングへ入る。ガラステーブルをおれの前に片手で器用に配置して上にカップを置いた。紅茶か?詳しくないので分からないがいい匂いがする。カップを持ったまま口の前でじっと動きを止めて――匂いをかいでいたんだが――いたので、女が心配そうに覗き込んできた。
「あの、紅茶はお嫌いでしたか?」≪どうしようどうしよう≫
「や、匂いが」
「嫌いな匂いでしたか?すいません。とりかえます」≪わあーん、また失敗だ!≫
「いや、嫌いじゃない。いい匂いだと思って」
「……!そうですか、よかったです。桜の葉の香りです。……季節はずれですけど」≪よかったーよかったー≫
 あえかに笑んで、女が言った。しかし、ネガティブすぎないか?こいつ。

 そんな会話の間に男がコンピュータの置かれた机に移動している。女は、まあ彼女の居場所だろうなと思っていたソファに体育座りして――制服の、長くてたっぷりプリーツがあるスカートじゃなかったらパンツ見えるぞ――膝にあごを乗せてこちらを見た。
 ひとまずそれは無視して男に話しかける。
「おまえがユウキか?」
「俺はユウキじゃないよ。ユウキは居ない」≪やっぱり、ユウキの客か≫
「はあ!?呼んでおいてなんだよ」
「うん、ごめん。一応ユウキが生きているうちに手紙は出してると思うんだけどね」≪もう……秋になるのにな≫
「手紙……ってこれか?」
 綺麗な青い便箋。おれには似合わない。目の前の男にも。女は下働きって感じだしな。
「封筒を見せてくれる?」≪ユウキの手紙。本当にこの子はユウキの客だ!≫
「はいよ」

 男は封筒の消印を見た。それから驚いたようにじっと確認する。
「ミウ」≪まさか、そんな……!≫
「どうかしたんですか、アルマさん」≪まだいたんだなあ、ユウキさんのお客って≫
「これは――ユウキが出した最後の手紙だ!」≪あの日、あの日に俺が投函したやつだ≫



 消印は八月三十一日。多くの学生が嘆きを持って迎える夏の終わりの日だった。



「≪ええとね、ユウキ――手紙の差出人についてだけど≫」
≪あの日までユウキさんは困っている人を探して助けようとしていたんだな≫
「≪この手紙を出したあと、亡くなったんだ。だから残念だけど……きみの期待には沿えないかもしれない≫」
「そっか。んじゃいい。帰るよ」
「≪待って!俺たちでできる限りのサポートはするよ!話だけでも聞かない?≫」
「ああ?」
「≪ミウのお茶くらい飲んでいってもいいよね。その間俺の話を聞いてもいいだろ?≫」
「……」
「≪ミウはお茶入れるの、うまいよ≫」
「≪あっ、あの、よかったらどうぞっ≫」
「んじゃあ、まあ」
「≪ありがとう≫」



 おれは他人の心の声、みたいなものが聞こえるという能力のある、後天性の、というと変だが――超能力保持者だった。
 珍しくはない。二十歳より下の年齢ならば超能力保持者はクラスに何人かはいる。下になればなるほど多い。

 今から二十年前、開発されたよくわからない機械でよくわからない電流を脳に流すと何らかの超能力が発現する。ただし乳児に限る。安全性は確保できない。どんな能力が発現するかは個人差がある。とか。


 おれも、両親の≪能力のある方が良い≫という謎の思い込みによって、よくわからない電流を流された挙句、人が思うことがぽつりぽつり聞こえるように作り替えられた、のだった。

 最近ずっと聞こえていた声がだんだんと多く、大きくなっているように感じていた。
 能力が暴走を始めているように思った。恐ろしい、恐ろしい。そう思って沈み込んでいたとき、手紙が届いたのだ。柔らかな青の封筒。同じ色の便箋にはこう書かれていた。



【 あなたを助けます。ここへ来てください。
  関東地区 648番地 74 セントラルマンション 401号室
  ミヤザワ ユウキ 】 と。



be continued