[side P ミウ・アトライト]
≪ゲンヤ・セイコウ≫、≪イシキ・サザミ≫。巾着袋から引いた二枚の紙にはそれぞれそう名前が記されていた。
玄関を出ると、ずらっと並んだドア。数は数えていないが36あるはずで、それぞれネームプレートがかけられていた。
とりあえず端から『ゲンヤ・セイコウ』か『イシキ・サザミ』を探して歩く。
と、そういかないうちに『イシキ・サザミ』のプレートを見つけた。
(イシキさんがこの中にいる……)
『イシキ・サザミ』。先程全員で会ったとき、『ローリエ・シャロット』にへばりついていた女の子だ。ぼさぼさになってしまっている黒い髪と厚ぼったい服を着ていて、なにより目のところにぴっちりと包帯が巻かれているのが特徴的な女の子。とても目が見えているとは思えないのだけれど、あの子と戦闘かあ……。
きゅ、っと、唇を噛んで、慎重に扉を開けた途端、何かが衝突してきた!
「きゃあっ!」
びっくりしたが、衝突してきたものはとても軽く、ミウの体格でも尻餅を付く程度でその場にとどまることができた。膝の上に乗っかっているものを見ると、イシキさんに特徴が似ていた。……というか多分本人。
「あ、あの……イシキさん、ですか?」
その子は顔を上げる。近くで見るとなおのこと包帯で目隠しされているのが目立った。
「うんっ、そうだよ。私がイシキ・サザミ。えーと、ごめんねぇ、さっきみんなの名前教えてもらったけど、どれが誰かよく分かんなかったんだー。もう一回名前教えてもらえる?」
「あ、ええっと、私はミウです。ミウ・アトライト」
「ミウちゃんかあ、よろしくねー」
「はい。あの、部屋に入りませんか?一応、その、戦わないと、ですし……」
目が見えない女の子相手に、こう、びしばしやる気は……起きないけど……いややらないといけないけど!……うう、相手が悪い……。ヤナギくんよりある意味圧倒的に悪い……。
「うん、そうだね」
イシキさんは、ひょこっと立ち上がると、危なげなく一人で部屋の奥に入って、こっちをむいた。慌てて私も後を追い、扉を閉める。なんとなく目隠しの部分を見ていたのが分かったのか、イシキさんは言う。
「目のことなら気にしないでいいよー。これでも一応見えてるんだー」
「?どうして……」
「特殊魔法ってやつらしいよ。みんなと同じには見えてないけど、だいたい分かるよー」
「とくしゅまほう?」
「それに」
イシキさんが得意そうに不敵な感じで笑った。
「頑張れば、みんなが見えないとこも見えるんだよー」
……それはとても驚異だなあと思った。
「まああんまり使いすぎは出来ないんだけどね」
と、イシキが言ったのは聞いていなかった。
「じゃー行こうか」
イシキさんが手を伸ばしてきたのを掴む。手をつないで、戦闘する用の空間へ転移するのだと、イプシロンくんから聞いた。
ミウがイシキの手をつかんだ次の瞬間にはもう二人とも部屋にいなかった。
[G<イシキ・サザミ>vsP<ミウ・アトライト>]
[side G イシキ・サザミ]
まず何よりまっさきに自分がしなくてはならないのはここがどんな場所かということを把握することである。例えばここが崖っぷちだったら?足を踏み出した先に地面がないかもしれない。すぐ側が湖だったら?溺れるかも。そんなことはもう小さい頃から慣れているので、ぐるっと見渡して、ぺたぺた触って。さささっと済ませる。
どうやらどこか部屋の中……ううん、闇のマナが多いから洞窟かも。壁ぼこぼこしてるし。真っ白だもんなぁ。区別付けるの、結構大変。
それにしても困ったー、と思う。
だってミウちゃん、かなり闇属性に偏っていたからこのエリアは有利だろうし。うーんと、とりあえず防御魔法してそれから考えよう。
「アースウォール」
よし。今日も好調に発動。
このエリアってどのくらい広いのかな。ミウちゃん探すのに<メイドインドリーム>使ってもいいんだけど、なかなか見つからなかったら、私完全になんにも見えなくなっちゃう。それは困る。
「えーっと、じゃあとりあえず一瞬だけ……」
『視界』を<広げる>。
一瞬で地形を記憶してすぐに視界をもとのサイズに。覚えきれたかは自信のないところだが。
だけど!ミウちゃんの居場所は見えた!
向こうで<見た>ミウちゃんとおんなじ形だから間違いないはず!
「ミウちゃん結構遠くにいたなー。うーん、でも、闇系で攻撃魔法されたくないなー。そう、例えばゲンヤちゃんの雷系みたいな感じで」
もちろんエリーちゃんは論外として。
『相手が死、及びそれに順する形になれば勝ち。実体の私たちにはなんの影響もなし』とは言うけれど、痛いのは、まあ普通の感性として嫌いだった。
ミウちゃんは随分私の<目>を気にしていたみたいだけど……やっぱり目立つよねー。
ふわりふわりと余計なことを考える。そう。いろーんな。
対アビス班……と言えばいいか。それに数えられていることとか。それに私はスカウトにも、首都警備隊にも向かないだろうこととか。まあ卒業後のこと。
ミウちゃんの反応は正しい。正しすぎるくらいに、正常だ。この目では人前に出ないほうがいいだろう。使い道はたくさんあるし、……まあ私以外の人が私の行く末を決めても別にいっかー。って感じではあった。未来はいろいろだ。
ふるふるっと頭を振って、意識して思考を戦闘モードへと移行させる。
よし。よーし!ミウちゃんがなんかやってるみたいだけど、なんでもいいや。ばーんって、攻撃して、攻撃して、勝とう。考えるのは私の仕事じゃないし。ミウちゃんがいる方にぼこぼこ攻撃魔法でも繰り出せばいいだろう。うん。
アースウォールを消して、てくてく歩き始める
えーっと、たしかこっちのほうにいたき……っ!
[side P ミウ・アトライト]
気がついたら立っていたのは真っ暗な闇の中。
「ライト」
光属性は苦手な上、この空間はあまりに光の反対、闇属性のマナが多すぎた。おかげでS格で発動しているのにかなり朧気な明かりにしかならない。
けれど、十分。ここは洞窟のようだ。壁面は土。通路のようになっている。狭い。前後を見ればどこまでも続いて、やがて闇へ消えている。
イシキちゃんは近く……気配が探れる範囲にはいない様子。
そっと、音を立てないよう壁に手を当てる。
「ライブラリ」
頭にたくさんの情報が入ってくる。もう慣れた、不思議な感触。
(ここはナナシ空間の一部……広くはないけど狭くもない。やっぱりこのエリアは洞窟で合ってる。モンスターとかはいないみたい……)
適度なところで壁から手を離す。情報が途切れる。
このエリア、すごく闇のマナが多い……。土も多いけど、洞窟なんだから使用は控えたほうがいいだろう。下手をしたら天井が落ちてきて埋まる。
それに、私の得意な属性は、闇だ。環境はばっちり。
ライトを消し、す、と床に膝をついて呟く。
「怨印シクラ」
私の体を囲むほどの大きさの魔法陣が地面に浮かぶ。ここで、本当なら敵の攻撃を飲み込む特性なのだが、今は自ら攻撃魔法を放つ。
(えーっと、なにがいいかな……闇でいいかな……?)
うっかり暴発しないように、少し威力を抑えて、闇属性攻撃魔法を放つ。
「シクラ」
両手を広げいそいで唱える。甲高い音が聞こえた。体はぴくりとも動かない。成功。うすぼんやりと輝く球状の魔法陣。
(急がなくちゃ、早く次……っ)
イシキはS格魔法が使える。
(急がなきゃ!)
「シクラ・ヤーナ」
きん、という音。洞窟内全てを覆うように球を広げる。
「うぅっ、……ぎぃっ」
感じる。球内のいろいろなマナの動き。すべての動きが止まった、土と闇だらけの中。全く異なる、あれは。
(イシキちゃん……歩いてる途中だ。よかった。覆いきれたんだ)
「シクラ・ヤーナ・テナ」
シクラの三段階目。最終段階。私の体の周りにまた球状の魔法陣。スペースができ、体が動くようになる。
(もうすこし攻撃強くしようかな。うう、でも……またあの時、試験の時みたいになったら……。だめだめ。考えちゃ。うーん、でもこのままで)
イシキちゃんの場所、覚えたその場所からシクラを解く。
「ディスペル」
――イシキに、闇系攻撃魔法、ダングが迫る。
[side G イシキ・サザミ]
「にょああああ?」
「きゃあっ」
びっくりして叫ばずにはいられなかった。その私の声に驚いてミウちゃんも悲鳴を上げたけど。
(なにあれ!なにあれ!なにあれ!)
イシキの生きる時代、敵はモンスターが主だった。完全に対人用のシクラを訓練でも食らったことがなかった。というよりも必要のない魔法だった。
動けなくなったと思ったら目の前に攻撃魔法が迫っていた。慌てて防御魔法を展開したけど間に合わなかった。それほどに近くにダングが迫っていた。
痛いとか痛くないとかそういう次元の話ではなかった。視力を失った時と同じほどの衝撃。
「あ、あの、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
「ミウちゃんどうしたの!?」
ミウちゃんの声は諸々全てどうでもよくなるような、悲痛な泣き声だった。
「ごめんなさい、私、違うの、そうじゃないの、ごめんなさい、ごめんなさいぃっ」
「どうしたの、何かあるの?私見えないんだ」
「違うの、違うんです、あの、う、ぅ……」
手をつないだままなので拭われることなくミウちゃんはぼろぼろ泣いている。なんで?
分からないけど、抱きついてみた。
「なにもないよ、ミウちゃん。大丈夫だよ、ミウちゃんも、私も」
抱き返される、その体温。安心する。私は生きてる。世界は、まだ存在する。