あたしは魔法で空を飛ぶことができなかった。
空を飛ぶ魔法は結構使用可能条件が厳しくて、ちょっとでも足りない属性があると、とたんに唱えても足組みが構成できなくなってしまう。そんなあたしは、空を舞う級友を見上げて憧れるしかないのだ。
あたしは空が飛びたかった。
[あたしの今だった過去]
あたしの故郷はどこまでも草原が続いていて、地平線が見える。そこを気候に合わせて旅をしていく渡り鳥生活だ。お父さんもそのお父さんもそのまたお父さんも――ずっとこうして旅をしてきたんだそうだ。地に足をつけた、地面との生活。それが嫌だったわけではないけれど。ふと上を、空を見て思う。
故郷で見上げた空はすごくすごく遠くて、手を伸ばしても、全然、ちっとも、これっぽっちも、とどく見込みなんかなくて、毅然と澄んでいた。空と言えば青のイメージだけど、全く違う色も見せる。明け方はほんのりグレー色を帯びて爽やかで、夕暮れどきはびっくりするくらい真っ赤に染まる。そこを鳥が群れで舞っていたりして、うっすら雲がかかる日もあり、一度として同じ空模様の時はなかった。空にはたくさんの色と表情があった。
夜は、空を手のひらで攫って、そうしてお星さまを集めて、手にとって眺めたいほどだった。蝋で固めた羽をはばたかせて空へ向かった青年の末路は知っているけれど、夜の間、お日さまがいない間なら?お月さまは優しく迎えてくれるんじゃないだろうか。きっとそうして天上へも登れるに違いない。そこできらきらしたお星さまで家をつくって住むのだ。庭は黄金に優しく輝き、赤く華やかに燃える花が咲き、屋根は青く燦然とした光を振りまくのだ。白々したミルキィウェイにそっと足を浸けたら、きん、と冷えているに違いない。
首都大陸にいる間にふと大きな手芸屋さんにゆき、迷路のように広い店内で、汚れのない白の小さな羽がたくさん詰まった容器を見つけたとき、はっとした。これだと思った。すぐさまお小遣いをはたいて白いふわふわの羽と蝋を買った。夏休暇に故郷へ帰ってから、少しずつ丁寧に羽の根元に蝋を塗り、違う羽にくっつけて、次のひとつに蝋を塗ってはまた羽にくっつけて、そうして大きくて綺麗で、まるで天使のもののような羽をひと組作った。かざしてみると、自分でも惚れ惚れするほどいい出来だった。
月のない晩に、あたしは近くの崖の上へと、羽を持って、それを壊さないよう、慎重に登った。
背中と手に羽を固定すると、すごくどきどきした。
空にはこれでもかというほど、お星さまが溢れていた。
あたしは今から飛ぶんだ。そこへ、空へ行くんだ。
輝かしい思いを抱えて、あたしは少しだけ助走をつけて、崖の橋からおもいっきり飛んだ!
そして、あたしは飛ぶことも、浮くこともなく、ただ真っ直ぐ下に落ちた。
あたしは理解した。飛べない人は永遠に飛べないのだ。
あたしが地面にぶつかるのに少し遅れて、いつもかぶっているキャスケットが降ってきた。
落ちた先にたくさん木があって、それを、ばきぼきと折りながら落下したので、あちこち切り傷ができているし、たくさん血も出ていたけれど、あたしは回復魔法がからきしできなかった。そういうわけで、治すことができなかった。朝を待って集落へ戻り、そこで原始的な手段しか持たない医師によって手当てを受けた。夏休暇が終わって学校へ戻ると、あたしの傷を見てアリスちゃんがすっ飛んできたけど、もうアリスちゃんにもその弟にも綺麗に治すことはできなかった。なるほどあたしは、空へ向かった青年と同じく罰を受けたのかもしれない。
そうしてあたしは空を諦めた。
今は地面と仲良く生活している。
今はいつもそばにいてくれる。いつかの、『今』にもう一度空に思いを馳せてもいいかもしれないな、と思いながら。
……END.